大河 太平記 48話「果てしなき戦い」★尊氏復活 直義派反発▽ あらすじメモ

48話 ざっとあらすじ
敗軍の将の尊氏が あっさり復活。勝利した直義方罰せられる。
細川顕氏と斎藤利泰 尊氏側に廻り 丹波の登子と義詮出迎える。
直義と桃井 追及し利泰を暗殺
猿楽の宴に双方集まる 義詮は政に加われない不満を爆発させる。
尊氏 花夜叉に再会 幕府を評価される。
九州で直冬 尊氏派を攻撃、 義詮 桃井直常狙う、紛争が 諸国に広がる

これまで
観応元年(1350)冬 足利直義と高師直の対立は 足利尊氏を巻き込み ついに 尊氏 対 直義の全面戦争に発展していった。翌年2月 摂津 打出浜で 尊氏が敗北した。尊氏は 直義に和議を申し入れ 高師直兄弟を出家させることで一応の決着を見た。しかし 師直に父を殺された 上杉能憲は 敗退中の高師直 師泰 兄弟を惨殺した。尊氏は敗軍の将として虚しく 京へ帰っていった。

敗軍の将の尊氏 あっさり復活 直義方 罰される

観応2年(1351)2月28日
足利直義(高嶋政伸)は 京に帰ってきた。兄 足利尊氏(真田広之)との戦いに勝利し、京に堂々の凱旋であった。

観応2年(1351)観応2年3月2日
足利 直義邸
直義は錦小路の館に 敗軍の将 尊氏を招き 戦後処理の会議を行おうとした。
直義の側近らは到着の遅い尊氏を御舎弟に呼びつけられて面食らって、みじめな思いをしているのでは、とささやきあっていた。
都に逃げ帰った尊氏を誰も迎えず、4、5人でわびしく館に入られた。朝廷の方々も 誰一人挨拶に行かず 手のひらを返したような冷たさとか、わしらは負けんでよかったと、みな 大笑いしていた。

そこへ尊氏がようやく姿を現し上座に座った。
直義が「将軍におかせられては、お変わりものう…」と型どおりに挨拶すると「うむ、そなたものう」と尊氏は普段と変わらぬ応対をする。

尊氏は 「はて、この席にわしの許さぬ者が来ておる。わしの命に背き、高師直を殺すことを そなたにけしかけた者がおる。かかる者の同席は許さぬ。頼房!おって沙汰を致すまで さがれ!」 この剣幕に直義はじめ諸将はたじろぐ。
直義が「許す許さぬはこの直義にお任せ下されまし」と言うと、「直義、そなた思い違いをいたしておらぬか?許す許さぬを決定するのは 将軍の権限であるはず」と言い切る。
尊氏は「そも直義は こたびの戦で誰と戦うたのじゃ?」と直義を問い詰める。
自分を倒して 自ら将軍になるつもりであったのか と問われ、直義があくまで師直から政権を取り返すために戦ったのだ と答えると、尊氏は「では将軍はこの尊氏と認めるのか?」とさらに尋ねる。
直義は「そういうことになりまする。」としぶしぶ認める。
「みなもそうか?」と尊氏が問いかけると、一同は顔を見合わせつつ認めた。

「こたびの戦の賞罰の儀は、将軍たるこの尊氏が決める。それが筋であろう。頼房!わしはそなたを許さぬ!とく退がれ!」と命じた。その剣幕に、頼房はすごすごと退出する。
尊氏はさらに今回の戦いの恩賞について、第一の功にはわしに付き従った42名の武将を挙げたいとし、しかる後に他の武将の賞罰を決したいと 告げる。
直義は「そは余 りと言えば余りの仰せじゃ!」と怒鳴ると、尊氏は直義が 義詮を助け政に加わることを認めようと言う。
そして 「最後に、ここには来ておらぬが、高師直を斬った上杉能憲は断じて許せぬ。能憲は死罪に処すべきと存ずる!」と言い渡した。
「兄上!」
「直義、そなたの意見も聞こう。本来わしの命に背き、師直と勝手に戦を始めた とが人なれど、わしの弟なれば、是非も無い。申すがよい」 と言う尊氏に、直義は返す言葉もなく、腰を落とした。

会議を欠席した桃井直常(高橋悦史) は「バカな!」と声を荒げた。
仁木頼章佐々木道誉の所領を安堵され、別の42人に恩賞が与えられる一方、上杉能憲には死罪の命が下っていた。
「その儀はみなでお諌めいたし、死一等を減じて流罪で御納得いただいた。そなたは どこぞに一月ほど旅をしておればよい」と苦虫をつぶしたような顔で言う直義。
直常は「何を仰せじゃ。我らは戦に勝ったのでござりまするぞ!負けたのは将軍の側ではござりませぬか!この取り決めはまるで逆さじゃ!」と激怒する。
「いや、全てがそうというわけでも」と弁解する 細川顕氏。
直常は 覚え書きを全てを白紙に戻すと 将軍につき返して来いと 言い渡した。

細川顕氏と斎藤利泰 尊氏側に 丹波の登子と義詮出迎える

足利尊氏亭
夕刻、細川顕氏(森次晃嗣)斎藤利泰は尊氏邸を訪れた。
中庭で薪割りをしている尊氏を目にする。
手伝ってくれぬか、留守中に薪を切らし 男手も足りないので自分で薪割りをしている と笑う尊氏に、 「将軍自ら薪割りとは」と斧を取り、薪を割り始めた。

夜に入り、薪割りを終えてヘトヘトになった顕氏と利泰に、尊氏は自ら井戸から汲んだ水を二人に与え「そなたたち、桃井刑部に怒鳴られて参ったのう」
「その桃井を直義 叱りつけ 押さえることができぬ。さりとて、戦に負けたわしを義詮と共に幕府から追い払う胆力も無い。はてさて、困ったものよのう」 との尊氏の言葉に、顕氏と利泰は黙り込む。
「桃井も、おのれが正しいと思うならわしを斬って捨てればよいのじゃ。なぜそれができぬ?」と尊氏は言い、 「薪割り、大儀であった。飯でも食べてゆくがよい」と桶を片手に立ち去っていく

数日後、顕氏利泰はに丹波の山奥に向かった。戦を避け 潜んでいた登子(沢口靖子)義詮(片岡孝太郎)らの迎えを かって出たのである。
義詮は また 元通り 自分がまつりごとを行えるのか不安視するが、「若殿を元に復さぬという者あれば、この顕氏が許しませぬ。足利家の棟梁はどこまでも 大御所と若殿でございまする。」と顕氏は断言する。
登子が「これからはそこが頼りじゃ。義詮を行く末 頼みますぞ」と声をかけると、顕氏は深々と頭を下げ「はっ はは~っ」と答えた。

こうして 戦に勝ったはずの尊氏の陣営から 密かに尊氏の陣営に心寄せるものが現れはじめた。
このことが 直義の猜疑心をあおることになった。

直義と桃井 追及 利泰を暗殺

細川顕氏の態度の変化は直義の知るところとなった。
直常は「丹波で義詮殿や御台様に これ見よがしに 取り入る風でだったそうです。斎藤利泰も将軍に近いとの噂でございます。」と直義に告げた。
そして「殿の弱腰が かかる裏切り者を次々と」と直義を責めた。

その後 一月余りにわたり 高師直一族とその残党狩りが、直義派により行われた。直義の追及は過酷だった。

直義の追及の手は将軍への寝返り者へも向けられた。
3月末には直義の腹心の奉行とも言われた 斎藤利泰も暗殺されてしまった。

足利尊氏亭
登子に灸を据えてもらっている尊氏を前に、義詮は直義を激しく非難する。
案の定、直義は義詮に政治を任せようとはしなかった。
登子は「 直冬が鎮西探題につけられ、ゆくゆくは義詮を廃し 呼び寄せる おつもりと 皆が申している。義詮が不憫だ」と言いつのる。
尊氏は「登子の灸は近頃熱うてかなわぬ」と聞き流し、明日行われる猿楽の宴で 直義達と話そうと義詮に言った。

猿楽の宴に双方集まり 義詮 不満爆発

西方寺で猿楽の宴が催された。権大納言の勧修寺経顕(草薙幸二郎)の招きで、尊氏派 直義派の双方の主立った身内が顔を揃えた。幕府内の亀裂が修復したことを 世間に示する目的があった。

経顕は「幕府も安泰ならば朝廷も安泰」と和平を喜ぶが、これを聞いた義詮はつまらなそうに箸を置いた。
佐々木道誉(陣内孝則)が 「幕府奉行 利泰殿が闇討ちにされても 幕府はびくともせぬ」と皮肉り、利泰暗殺を命じた張本人は桃井直常であろうと ほのめかす。
「聞き捨てならんぞ判官!」と直常がやり返す 。
義詮も「将軍に近い者を根絶やしにせんとする動きが幕府の中にある」と口を挟んだ。
「さような動きがあれば 若殿のお力でお静めになればよろしい」という直常。

義詮はさらに直義が幕府を刑部や身内で固めてしまわれた と口にする。
直義は、「恵源の身内は足利一門でござる。桃井刑部も足利の流れを汲む者。義詮殿は その足利の棟梁となる方ではござりませんか。命じになれば 従います」と言う。
義詮は「なぜ 吉野の 北畠方と 和議を結ばぬ」と問いかける。
この問いに直義が「勧修寺卿の御前なるぞ」とたしなめると、義詮は 「それみよ、叔父上は朝廷の方々の前では良い顔しか出来ぬのじゃ。それで武家の棟梁がつとまろうか?」と言う。

尊氏がたしなめると、義詮は「義詮、我慢がなりません!」と叫んだ。
「では帰れ」と尊氏が言い渡すと、義詮は憮然と席を立ち去っていった。道誉も続いた。
「そうじゃ、みな帰ればよい!」と言う直常。
尊氏は「刑部、誰に向こうてその口を聞く?利泰を殺させたその手をきちんと洗うてまいったのか?まだその手が血で汚れておるぞ」
直常も「帰れ」と言われ席を立つ。

「理不尽じゃ!」と怒鳴る直義に尊氏は「桃井刑部などをそばに置いては身を誤ろうぞ。あれは己の栄達しか眼中にない男ぞ」と忠告する。
直義も怒って引き上げ、経顕も引き上げていく。
宴の席には尊氏一人が取り残された。

尊氏 花夜叉に再会

尊氏が庭を見ると、先ほどまで舞台で舞っていた男女がひざまずいていた。
尊氏が近寄り「花夜叉どのか?舞を見ていてもしやと思うていたが」
花夜叉(樋口可南子)が「お久しゅうござりまする」と応える 。
横に控えている若者「清次と申しまする。将軍のお話はかねて母より聞き及んでおりました」と挨拶。
稽古のために立ち去っていった

尊氏は花夜叉を部屋に招いてた。
「良いお子をもたれた。思えばあのお子は、楠木正成どのの甥ごに当たられるわけじゃ」 と尊氏は言い、正成のことをわびる。
花夜叉は多くの人を殺めるのは武家の定め、兄も御心の通じた足利殿に討たれたのがせめてもの慰め、と己に言い聞かせてきました と涙をぬぐった。
尊氏は、正成が 花夜叉一座にいた時に「 親兄弟が仲良う暮らし、親が子に何かを伝えてゆく。みながこのように生きていけたら、どれほど良かろう。」と言っていたと話した。
「それがしも 花夜叉のような暮らしがうらやましいと」尊氏は言った。
花夜叉は「我らにとっても 世の動きは大事。清次の行く末は、足利殿がお作りになる世に かかっております。都に幕府が出来て十数年 時折諸国に戦はあっても、都は足利様の治められ これからは 世が治まるのだと 誰もが思うようになりました。我らはじっと待っておりまする。足利殿が早う穏やかな世をお作りになられ、親が子の行く末を 案じることもなく、何かをしかと伝えていけるような、そういう世が訪れんことを。清次の舞を美しく大成させることができるのは、おん殿でござりまする」
尊氏は「ウム、かたじけない」と礼を言う。
そこへ至急 館へ戻ってほしいとの使いが来た。

九州で直冬 尊氏派攻撃 義詮 桃井直常狙う 諸国に広がる

尊氏が館に戻ると、一色右馬介(大地康雄)が九州で戦が始まったことを報告した。
直冬(筒井道隆)が九州の守護たちを率いて、先の九州探題 尊氏派の一色範氏を攻めているとのことである。尊氏は右馬介に「直冬の挑発に乗らず、動くな」と義詮に伝えさせる。

これは 直義派が将軍の勢力を九州から一掃しようと言う動きに他ならなかった。将軍派の勢力は次々に破られていった。
九州の戦に呼応するように 都にも一気に不穏な空気が流れた。

夜の京の通りを進んでいた桃井直常一行が、物陰に潜んでいた何者かに 一斉に矢を放たれた。
直常は刀を振って払う、そこへ右馬介が部下 と駆けつけてくる。
「愚か者!ひかえよ!申せ、誰の命じゃ!?」右馬介が刺客たちに怒鳴りつけると、逃げていった。
直常は 「おのれ、この刑部を狙うたのは大御所じゃ!大御所の仕業じゃ!」と叫んだ。

翌早朝、尊氏義詮邸に駆け込んできた。
出迎えた義詮に、尊氏は「なぜなぜ桃井刑部を襲うた?動くなと申したはずじゃ」と問いただす。
義詮が「戦をせずとも刑部は討てると思うたのです」と答える。
尊氏は「愚か者めが!わしが倒れても、そなたが倒れてはならんのじゃ!」と叱りつける。

義詮は「直冬どのは九州で見事に戦うておられます。この義詮とて父上の子でございます!直冬どのには負けとうございませぬ!」 と泣き顔で父を見た。
尊氏は義詮の肩に手を置いて「のう義詮、そなたは幕府の将軍にならねばならぬ。直冬と背負うておるものが比較にならんのじゃ。そなたは武家の束ねの器ぞ。その束ねが軽々しく動いてどうする」
義詮は泣きながら「申し訳ございませぬ!」と 飛び出していった。

そこへ入れ替わりに「大御所!」と叫びながら佐々木道誉が駆けつけてきた。信濃で我らの同心 小笠原と直義のお身内の諏訪直頼が合戦を始めた と告げる。
幕府の武将達が諸国で 2つに分かれて 雌雄を決しようとしていた。尊氏の決断の時は迫っていた。

▽まとめ&感想

敗軍の将の尊氏が あっさり復活。勝利した直義方罰せられる。
細川顕氏と斎藤利泰 尊氏側に廻り 丹波の登子と義詮出迎える。
直義と桃井 追及し利泰を暗殺
猿楽の宴に双方集まる 義詮は政に加われない不満を爆発させる。
尊氏 花夜叉に再会 幕府を評価される。
九州で直冬 尊氏派を攻撃、 義詮 桃井直常狙う、紛争が 諸国に広がる


もう 次回が最終回です。
尊氏が 将軍に すんなり戻りました。

足利義満が第三代征夷大将軍となる。
家臣の細川頼之が後見人となり、この人は実力もあり、多くの武将から慕われていたので、ようやく世の中も落ち着いて、長かった戦いも終わりを告げる とあったのですが。
細川顕氏とは 親族でした。