大河 徳川慶喜 第30回 「奇策」▽あらすじメモ▽

チャンネル銀河 2020/10/26(月)AM8:00~

幕府の政治一任が将軍家茂が参内 朝廷が諸藩に命令を発する事ありに

江戸湾 生麦事件でイギリス フランスの艦隊が派遣されて来た。

一橋家
本を読んでいる美賀(石田ひかり)松島(岸田今日子)が「何もすることがない」とぼやく。
徳心院直子(鶴田真由)も「何もすることがない」とぼやく。ねずみが走り回っていた。

京都 小御所
中納言慶喜(本木雅弘)は朝廷から、幕府の政治一任を取り付けていたが、将軍・家茂(水橋研二)が参内すると、事柄により朝廷が諸藩に命令を発するとの勅書を渡される。

二条城
慶喜、政治総裁職 松平越前守春嶽(林隆三)、老中 板倉周防守勝静、京都守護職 松平肥後守容保、老中格 小笠原図書頭長行が集まり、新たな勅書に怒っていた。
春嶽は、将軍は身をひき 大政奉還すべきと主張。 せっしゃも政治総裁職を 辞職するつもり。
慶喜は、卑怯だ。簡単に、大政奉還出来ない。

慶喜と春嶽 二人で相談。
良策などないが、変わって政治するものがいない。簡単に変えられない 仕組みがある。
春嶽は、我々は勅命で任じられ、幕府の役人 25000人に 支えられてるわけではない、やっかい者なのだ。証拠に多くのことを知らされていない。己を知り、手を引くべき。
慶喜は 時期尚早と説いたが、春嶽の意思は硬かった。

鷹司家
慶喜が叔母 清子(有馬稲子)に会いに行き 斉昭のことを話したりして 和やかに過ごした。
清子が都で暮らすには ひとつだけ気をつけることがある。それは 人様に本当の心を見せてはいけない、いつも穏やかに笑みをたたえて、ごきげんよう と 申されていればいいのだ。
あなたは 水戸徳川家のお方。有栖川家の血も流れている。お上の御血筋だ。

生麦事件の賠償で イギリスが10万ポンド要求

長州藩
突然だが、長州藩主 毛利慶親、嫡男 定広 です。

江戸 浅草
会津藩士 寺岡勘十郎(柴俊夫)新門辰五郎(堺正章)れん(大原麗子)に今 長州藩 が日の出の勢いで、藩主 容保様は京都守護職世ご苦労が多いと話していた。慶喜様も、都も 江戸も 戦が始まるので、女子供は避難した方がいい。
中山五郎左衛門(藤岡琢也)も来て、名乗りあい、異人を斬る場が出来た わしは武士だ。

二条城
老中 板倉達が、生麦事件の賠償で イギリスが 10万ポンド 要求してきた。久光は知らぬ顔 26万両も請求されたが、払わなければ 攻められる。戻ってきた 遣欧使節団がいうことには 軍艦が1000隻もあるそうだ。
長州の建白で、お上の攘夷(外国勢力の排斥)祈願の賀茂社 行幸が行われる。公方様が行列の後ろにお供しなければならない。天下に徳川家の衰退を見せて歩くようなものだ。

慶喜は、 賠償金は支払わなくてはならない。
ただ、攘夷の約束をしたばかりでと、気にする。
策略には、策略で対抗しよう。

孝明天皇の賀茂神社への行幸 将軍を従え 徳川家の衰退を見せる長州の企み

孝明天皇の攘夷祈願で賀茂神社へ行幸が行われた。都大路は 240年ぶりと大騒ぎ。
行列の後ろにいた公方様には沈黙だった。

慶喜の宿舎 東本願寺
慶喜は、公方様を再び 行列に加えてはならない。公方様を江戸に戻っていただこう。
京都守護職 松平肥後守容保((畠中洋) に 長州勢を追い払い 都に静けさを取り戻せ。公家達と話も出来ない。越前守も 退職した。生麦事件で 気が晴れぬと語った。
容保が、お忍びで出かけることを 誘った。

出かけた先で、慶喜は さくらの舞を見て、名乗ったことで、幼なじみのさくらと判ったが、知らぬふりをしていた。

京都 小御所
孝明天皇に 鷹司政通(宝田明)が 挨拶に伺った。
天皇は、下の者達が騒がしいとではないかとたずねた。今回の行幸も 下の者の意見と聞いている。
侍従 姉小路近知議奏 三条実美が長州藩とつながっていると噂されている。関東の力が落ちている。
朝廷の真の狙いは、開国 。攘夷を迫り関東を困らせ 大政を奉還させ、自らが中心となり 開国するつもり との噂。

慶喜は攘夷期限を5月10日に決め江戸 賠償金を払い 出来なかったと辞表



松平越前守春嶽 は 怒って 国元に帰った。
島津久光は 上洛したが 攘夷の嵐に 3日で帰った。

慶喜は攘夷期限を迫られ、それを逆手に取ろうと考えます。
攘夷期限20日後のを5月10日として、公方様に大阪 神戸を巡視してもらい、私も英仏艦隊のため江戸に打合せに戻る。決行の期限が間近なら 引き留められないだろう。
そして、私が、約束を破り、攘夷は無理と辞任する。 将軍家をだました 筋書きとする。
さくらを抱きしめていた。

横浜
慶喜は、2日前 横浜に着かれた。中根長十郎(信太昌之)が 賠償金は運上所に準備している。
運上所の役人は 将軍後見職より 支払いは拒絶せよ、支払う必要が無くなったと言っている。
神奈川奉行より5月10日攘夷決行で決まったと準備している。
不審を口にする中根だった。
沖合に蟠竜丸が現れたと杉山寅之介が知らせた。
中根に馬を準備させ、江戸まで走るという。
寅之介に蟠竜丸に小笠原が乗っている。小笠原が来たら 手はず通りに事を運ぶのだ。私は何も知らない。

慶喜は、馬を江戸に走らせます。

老中 小笠原は 独断で 約束通り イギリスに 賠償金を支払います。
これで 戦は 回避された。

慶喜は、攘夷が出来なかったと 辞表を出した。

方便でない人がいた。長州藩で5月10日 下関海峡で 外国船に大砲を放った。
明治維新まで 5年。

▽まとめ&感想

幕府の政治一任をもらっていたが、将軍家茂が参内し朝廷が諸藩に命令を発する事があるとした。
生麦事件の賠償で イギリスが10万ポンド要求、断れば 攻められ日本がなくなる。
孝明天皇の賀茂神社への行幸に将軍を従え徳川家の衰退を見せたのは長州の企みだった。
慶喜は攘夷期限を5月10日に約束 江戸に戻り 賠償金を払い、攘夷は不可能と将軍後見職を辞めた。る。

※この放送は、字幕が出ません。私が理解できない言葉があり、間違っていたらゴメンナサイ。

歴史を順に追っていくと、面白いです。
先手を打って政権を返上し、新しい政府の中で主導権を確保しようとした。
大政奉還によって政権を手放しても、国内では最大の兵力・勢力を持っている徳川家は大丈夫と思っていた。気付いていませんでした。