大河 徳川慶喜 第37回 「慶喜の頭痛」▽あらすじメモ▽

チャンネル銀河 2020/11/4(水)AM8:00~

新三郎は敵討ちに討たれ、たみ と みよ 京に ・辰五郎に耕雲斎の文託す

信濃の山中
天狗党に混じり京に向かっていた 新三郎(藤木直人)みよ(一色紗英)が、 殺害した みよの夫の旗本  早川重吉 弟が 敵討ちで現れ、相打ちとなり みよの腕の中で亡くなります。
後を追おうとした みよを つけてきていた たみ(水野真紀) が止めます。

大砲の音が鳴り響き、新三郎に抱きつくみよを、たみは 子供のためと引き離し雪の中 逃げます。

京都 慶喜の 宿館 小浜藩邸
中納言慶喜(本木雅弘) は杉山寅之介に手紙を出すよう命じます。

梅沢孫太郎(中原丈雄)が、京都詰めの水戸藩士が 嘆願に来ているというが、天狗党が 幕府に刃向かっているので 立場上出来ないと断ります。

慶喜は、新門辰五郎(堺正章)に美濃にいる、天狗党の 武田耕雲斎を探し文を渡すよう命じた。そして、「都に来ても、お役目上 幕府軍と戦っている者を助けられない。もし逃げ延びるなら 山中で天狗党を解散し 目立たぬよう 少人数で動け。」と伝えるよう頼んだ。

西郷吉之助がからみ 長州は家老に罪をかぶせ謝罪

慶喜に 京都所司代 松平越中守定敬京都守護職 松平肥後守容保(畠中洋) が兄弟揃ってきた。
長州征伐の進み具合を訊ねると 容保が「総攻撃にならないようです。征長総督 徳川慶勝殿が、参謀長 西郷吉之助(渡辺徹) に説得された。 それは 長州を攻めるより、長州自身に始末をさせるというもの、さっそく 長州は家老三人を切腹させ その他4人に死を命じた。御所攻撃は、そのもの達が勝手に兵を動かした。
所司代は「おかしい、家臣に詰め腹を切らせるとは?」という。

容保は それで、征長総督が 3つの条件示した。
1.藩主親子の自筆の謝罪書提出 2.長州に逃げた公卿を他藩に移すこと 3.山口城破却のこと 。
これを満たせばこの度の総攻撃は ないものとする。
江戸では 長州は死んだと思っている。

慶喜が 長州藩の中はと訊ねると、新選組局長 近藤勇(勝野洋) が長州に潜入した。
近藤が「藩主を取り巻くもの達と、攘夷を唱え幕府へ謝罪拒否するものに分かれたており、今後もめそうです。気になったのは 参謀長 西郷吉之助 の動きで、薩摩と長州 犬猿の仲なのに 説得できたのが不思議です。」と報告した。

慶喜 水戸徳川家を考え 心を鬼にして 討伐軍 の総督になる

慶喜が、原市之進(山口祐一郎)梅沢孫太郎(中原丈雄)に 大きな地図を見ながら 、出陣は 幕府のもので固め およそ1500で、それに 加賀 桑名 会津など加わり 総勢3000余りになると 説明を受けていた。
天狗党は、美濃を過ぎ越前に向かって、ひとかたまりで動いていると報告を受けた。

梅沢は、水戸を出たのが10月の末 もう1ヶ月以上 この寒空を山中歩いているとはと同情する。

慶喜は、外を見てから、そち達を借りたのは 武田と共に 父の良き臣下だったからだ。救えるものなら救いたい。水戸家の家臣は 余の家臣でもある。

余があの者達をほんの少しでも 救うそぶりを見せたなら、余が疑われる。
余が幕軍と戦うものに手を差し伸べるということは 幕府に向かい刀を抜くことを意味するのだ。
あの者達は 水戸徳川家のもの。水戸徳川家そのものが疑われる。
水戸徳川家に繋がるもの達が手を組み 事を運んでいると思われる。
さすれば天狗党とは何かということになる。水戸藩そのものへの疑いが父の時代からある。
父の失脚を思え。安政の大獄に繋がる密勅を思え。水戸徳川家を潰したいか?そうでないなら、つまらぬ事を申すな。

そこに 門番が 村田新三郎の妻たみが 汚れた着物で現れたと 報告する。
客間に通された たみは、疲れ果てており、慶喜に会い、新三郎が斬り合って 差し違えて死んだことを伝える。たみは天狗党にいた 新三郎を追いかけてきた。みよを連れ、ようやくここまで来たと話した。
慶喜は 二人に 食事と着物を与えた。

そして、およし(清水美砂)を呼び 二人の世話を頼んだ。
およしは 『けいきさん』と呼び、私は身の回りの世話をしたいと申し出た。

江戸 浅草
れん(大原麗子)が会津藩士 寺岡勘十郎(柴俊夫)に「娘さんは男勝り」といわれ、およしの話をしていた。
そこに、ガンツム(山下真司)と母と信じる とき(三條美紀)が嫁取りの話で言い合い やって来た。

火事を知らせる半鐘が鳴った。れんは若衆を集め、火打ちを打って 送り出した。
寺岡はお上さんこそ男勝り と感嘆する。

慶喜の討伐軍 出陣 武田耕雲斎から始末書 降伏書

その頃、慶喜は 兵を率いて 天狗党 討伐に出陣した。
天狗党は 美濃の長峰まで来ていた。

大津 慶喜の 陣所
原が変な噂が流れている。 薩摩藩士の川田十郎なる者が、諸藩を遊説し、「殿が討伐軍の総督として出陣したのは 天狗党を 救うためであり、討伐に加わった諸藩は、たと天狗党が強引に押し通ろうとしても 阻止してはならない。もし天狗党を討ち取るとうなことがあったら 総督の意に背くことになる」 と。そのため 諸藩に躊躇が生まれています。よって、そのようなことはないと 諸藩に伝えた。

慶喜は、「長州かもしれない。幕府という事もある 」というと、幕府大目付 滝川播磨守具拳が「幕府にそのようなもの 一人たりいない」と否定。
慶喜は、「余の天狗党征伐に 疑いを持たせ 天狗党を救いたいと思っているもの仕業だろう。」

越前 新保
加賀 藩士 永原甚七郎が家来を伴い、武田耕雲斎藤田小四郎(田辺誠一)に「我が 加賀藩は 一橋家の加勢として蒲原まで出張してきたので 貴殿らが無理に通行されるのなら、一戦を交えることになると警告。

武田は「一橋公が我らを捕らえる 総督になっているとは? 一橋公に水戸藩内の理不尽を申し上げ、我ら一同の尊王の志をおわかりいただきかったため。なんの望みがあろうか?貴殿達が通行を許してくれないなら、我らの願い 一橋公に伝えてください。」
永原は 書状を渡す事を承知した。困ったことがあればなんなりと仰せください。 私はあなた方に敬意を表す といった。

辰五郎は、慶喜の陣所に行き、武田様に書状を渡し、都にお出でになるのはむずかしいと申し上げたが、武田様は病も重く、お年も召して 天狗党の大将に見えなかった。今は、藤田小四郎様中心に動いていると存じます。 私の見るところ、天狗党のお方 疲れ果て、戦うどころでない。ほっといても いくらもしないで消えてしまう 川霧のようなものです。

天狗党は、新保にいた。

海津 慶喜の 本陣
大目付 滝川は 「武田の送ってきた 口上書 始末書 嘆願書 は己の大罪を認めていない。幕府としては 受理できません。」という。
原、梅原は「天狗党は、戦う気がない。 このような もの討ち取ること 武門の習いではない」と進言するも 大目付は、「藩士の命に逆らい、挙げ句の果てに 村々を襲い 多くの金品を奪い 幕軍に弓を引いたのだ。大罪だ。」

天狗党の陣所では、武田が「一橋公が勅命により 我らを捕らえる総督になって 我らの望みは絶たれた。その上 口上書など受理されず、大罪を認めて 降伏せよとの返事だ。覚悟を決めなくてはいけない。せめても 総督が一橋公であることに感謝だ。」
藤田は「討伐軍と戦い長州に逃げ込むのはどうだ。」
武田は「わしはもうさして生きられない。ここに残り 幕軍を迎える。そなた達は 若い。やり直しが効く。再起の道がある。少人数に分かれ、闇夜に紛れ逃げよ。」
藤田は「今逃げれば、あの者達はやっぱり夜盗 強盗の類いといわれる。我らは共に生きようと、死のうと 一人も欠けてはならぬ。」
武田は「藤田の主張は主張だ。 逃げたいやつは 逃げろ」

慶喜に、武田より降伏書が届いた。
結局 武田耕雲斎 はじめ 半数近くが死罪になった。
慶喜様の立場上 察するに余り会った。

薩摩
西郷吉之助に大久保一蔵(池田成志)が「長州を戦わずして 降伏させたようだ」というと、西郷は、「長州は生かす。幕府は入らぬ。共和政治を考えた。」

慶喜さんの周りからいろんな人が 消えていった。後は敵が多くなるばかりだ。

▽まとめ&感想

新三郎は敵討ちに討たれ たみ と みよ 慶喜を頼った。
表だったことが出来ないので辰五郎に天狗党の耕雲斎への文託す。
西郷吉之助がからみ 長州は家老に罪をかぶせ謝罪。
慶喜 水戸徳川家を考え討伐軍 総督として出陣 。
天狗党から降伏書が届き処刑された

※この放送は、字幕が出ません。私が理解できない言葉があり、間違っていたらゴメンナサイ。

天狗党の最期 哀れでした。板挟みの慶喜さん気の毒でした。