大河 徳川慶喜 第41回 「将軍慶喜」▽あらすじメモ(超ネタバレ)

チャンネル銀河 2020/11/10(火)AM8:00~

慶喜は長州征伐を中止し、天皇に説明 一時停戦の勅命を願い出る

京都 御所 小御所
孝明天皇(花柳錦之輔)慶喜(本木雅弘) は長州に幕府軍が敗れ、外国も介入しているので長州征伐を中止したいと申し上げた。
関白 二条斉敬は過日の長州討伐の決意はなんであったか、激しく慶喜を責めた。
慶喜は、死ねと仰せか、私は武士であり、いかに戦うか知っている。討伐 一時停止を重ねてお願いした。

京都 慶喜の 宿館 小浜藩邸
慶喜老中 板倉伊賀守勝静に はっきり負けると思うと言ったので「討伐 一時停止の勅状は必ず出る」と思うと話し、長州と話しあう人材を探した。
板倉は勝海舟は海軍操練所で薩長の藩士に教えており、いろいろと縁故があると推薦したので、呼ぶよう命じた。
慶喜はフランスから600万ドル借款を訊ねた。勘定奉行 小栗上野介が行っており、軍艦 大砲として借り受け、代わりにフランスに生糸を独占輸入させるとして調印したと答え、イギリスに秘密にするよう加えた。ともかく国内の騒乱を押さえ、権現様以来250年の幕府を守りたい。

慶喜は、外国のこと 幕府のことなど いろいろ 勉強していた。

生麦の おうめ も英国の牧師夫妻に三味線を聞かせ、ひどいと思われ、ピアノを聞かせてもらった。

長州との交渉に軍艦奉行 勝海舟 & フランスから600万ドル借款

京都 慶喜の 宿館 小浜藩邸
慶喜が軍艦奉行 勝海舟(坂東八十助)を呼び、アメリカに6年前行ったとき、男女が腕を組み、軍人も武器を持たずに歩いてたことを聞いた。
海舟は、長州と話をまとめられると思うといい、長州の桂小五郎薩摩が密約を結んだらしいと伝えた。
長州に、将軍家逝去により 朝廷より勅旨を賜ったので、全国の諸大名を招集し、長州討伐について改めて審議する。ついては長州もこのことをわきまえ、仮にも結論が出るまで兵を国元に引き戻し、情勢を待つべき。もしこの趣旨に従えば 幕府軍は直ちに兵を解く。もし拒否するなら、討伐の大義名分が立つ事になる。
海舟はフランスはイギリスとライバル関係にあり何でもするので油断できないと、フランスから600万ドル借款を反対を口にした。

慶喜老中 板倉伊賀守勝静に 水野和泉守の結んだ約書は、関税ばかりでなく、誰でも軍艦以外の船を購入自由とか、外国への渡航・貿易の自由など書かれている。大砲をはずせば、長州も薩摩も船を自由に買える ひどい取り決めだ。
一度結んだ条約は 改定するまで変えられず、国の命運に関わると怒った。

慶喜の将軍職就任を家臣が朝廷にそれぞれに願い・たみ達は めし屋 開く

京都 小御所
慶喜が 将軍職になれるよう それぞれに 慶喜さんの家臣達が朝廷の役人に頼んでいた。
関白中納言 野宮定功らが協議して、将軍職 辞退はなぜだ、 器ではないと辞退されているが、お上のお気に入り 公武一和のためと受け勅命を出してもらおう。イヤダメだ 将軍職は関東が選び、それをお上が征夷大将軍の位を差し上げるものだ。と語り合っていた。
急がないと、薩長よりの方 王政復古の声が上がると気を揉んだ。

京都 めし屋 新門
慶喜が金を出し、たみ(水野真紀)みよ(一色紗英)が京にめし屋を出した。世話をした新門辰五郎(堺正章)が新門と名付けた。
辰五郎が、火消しの若衆と、中山五郎左衛門(藤岡琢也)がめし屋にあがって、たみ達の替わりぶりに驚きながら、酒を酌み交わしていた。
五郎左衛門が長州なんか皆殺しと話していると、隣の席の若い者とケンカになり、名乗った。
それを聞いた 若者が、「父上 太郎です。」と名乗り、父を諫言した。
長州は長州にして長州にあらず。尊王攘夷は開国と太郎が説明する。
そこに新選組局長 近藤勇(勝野洋)や、沖田総司(小澤征悦)が踏み込んできたので、辰五郎達はとっさに太郎を押さえつける。長州支持のものを 次々切り倒し、 近藤勇が、辰五郎ではないかと声かけて引きあげた。

松平春嶽は 将軍が不在なら自然に大政奉還が実現すると言い 慶喜反発

京都 慶喜の 宿館 小浜藩邸
慶喜が松平春嶽(林隆三)を迎え、「将軍職に就かないのは 空位なら、幕府は中心を失い 権威を保てなくなる。誰も手出しをしなくとも 消えざる得ない。さすれば 幕府に代わるものが必要となります。あなたが何もしないことにより 共和政治が実現する策は、なかなかです。徳川宗家の当主だから、宗家をどのように残すか考えなくてはならない」と言うと、慶喜は、「あなたのかんがえていることは 横井小楠の考え」と訊ねた。
春嶽は、「さよう 大藩が集まり 朝廷の元に政を争議 決定する。徳川家もそこに入る」と述べると、慶喜は「その藩は、あなたの福井藩以外は 今反旗を翻している藩になるはず。それでは譜代の大名が納得しないだろう」と、言うと、春嶽は「それはあなたのお力」という。
そして「将軍職を請けないで欲しい。幕府にいる役人達は、何もせず生き残る。あの者達は屋台骨を揺るがすシロアリ、そのもの達に幕府を残すのか?」
慶喜は「あなたは徳川宗家を消し去れと言っている。そう受けとってもいいか」と訊ねる。
春嶽は「幕府は政をワタクシしている。その政を公共のものにしてとはと 言っている。徳川宗家もその一員になり、他の藩の者と衆議すれば良い。そうすれば、一人 徳川宗家が世金を取らせられることもなくなる。これが徳川宗家が生き残る道です。」
慶喜は、「理屈に叶っているが、時勢の流れを読み間違っている。私は何もかんがえていない。ただ将軍職を引き受けたくないだけです。」

薩長寄りが将軍誕生前に王政復古を叫び、天皇 慶喜将 勅命で将軍職に

薩長よりの方が慶喜が将軍になる前に 王政復古しようとした。裏で手を引いていたのは、元 侍従 岩倉具視(寺脇康文)だった。罰を受け、都に戻れず 比叡山の麓に住んでいた。なかなかの知恵ものだった。

京都 小御所
関白 二条斉敬は、議奏 正親町三条実愛(森田順平)大原重徳(岡村喬生)から長州倒幕を止めさせ、共和政治を実現する。古来日本はお上の基に、朝廷が政のすべてを行ってきた。これを力ずくで奪ったのは、武家です。鎌倉幕府いらい700年 お上は屈辱の日を過ごされ、今日を迎えた。今こそ王政復古の時と言い寄られていた。
関白は、「まずお上に奏聞し、その上であなた方の返事いたします。
お上が王政復古をお望みならなんで私が反対するのですか。」

孝明天皇(花柳錦之輔) が奥に居ります。
正親町三条大原 をはじめ公卿が大挙押しかけた。
関白は「お上の御前でございます。朝廷をあなたたちの思い通りに動かそうとしている。朝廷には朝廷の秩序があります。関白職を辞せと言えばいつでも辞めめます。それなら順序を踏みなさい。徒党を組めば、何でも通ると思うのは大間違いです。」
正親町三条は「下の者達にも意見があります。彼らには語るべきところがないので、私がその場を与えたのです。」
関白は「あなたには その様な権限ございません。朝廷会議を通しなさい。」
正親町三条は「今こそ王政復古の時でございます。幕府への政取り消し、朝廷に返上せしめ、改めて諸大名を集め衆議させるのが良いと存じます。特に諸外国のこと国の重大事にて弱腰の幕府には任せておけません。」と関白に迫ります。

京都 小御所
孝明天皇に 関白 二条が謝り、辞したいと述べると、天皇は「そなたの辞すること許さん。あの者達を罰をするんだ。」と命じた。そして このようなことで この国がたちいくであろうか?
川慶喜 将軍職に就け と勅命を出せ、それでも固辞するなら 直に会い 将軍職を言い渡す。
なぜ 幕府はしっかりしないのか? この国のありよう保てなく どうする?まず最初に秩序ありきだ。

すったもんだが有り、勅命により、将軍職に就くことになった。

二条城
慶喜は、慶応2年12月5日 京都において将軍宣下を受け 正二位・大納言・征夷大将軍に任命された。
徳川慶喜は 一同集め、「此度徳川宗家を相続し 将軍職に就くことになった。 小難局 多難な時局を迎え、身の引き締まる思いだが この国のため、徳川宗家のため 全力を尽くしたいと存じる。まずは幕政改革でござる。」と挨拶した。

だが、それからまもなく 御所の 孝明天皇の様子がおかしくなってきた

▽まとめ&感想

慶喜は長州征伐を中止し天皇に説明 一時停戦の勅命を願い出る。
長州との交渉に軍艦奉行 勝海舟を充て, フランスから600万ドル借款を決めた。
慶喜の将軍職就任を家臣が朝廷にそれぞれに願い出る。たみ達は めし屋 開く。
松平春嶽は 将軍が不在なら自然に大政奉還が実現すると言い慶喜反発する
薩長寄りが将軍誕生前に王政復古を叫び、天皇 慶喜将 勅命で将軍職に

※この放送は、字幕が出ません。私が理解できない言葉があり、間違っていたらゴメンナサイ。

ついに 慶喜が 15代将軍になりました。まだ難問が山積みです。
関白と 正親町三条達のやりとり、すごいやりとりでした。