大河 徳川慶喜 第26回 「生麦事件」▽あらすじメモ▽

チャンネル銀河 2020/10/20(火)AM8:00~

勅命により 慶喜は将軍後見職 松平春嶽は政治総裁職に

文久2年(1862)、勅命により 刑部卿慶喜(本木雅弘) は将軍後見職となり、松平春嶽も政治総裁職に就きます。

一橋家
慶喜は将軍後見職となり、改めて 一橋家再相続を命じられた。一橋家当主として、家臣に挨拶。

江戸城
将軍 家茂と 将軍後見職になった慶喜は、松平春嶽(林隆三) を政治総裁職 に任命した。

慶喜と春嶽は力を合わせて頑張りましょう。
始めに慶喜は大目付以下融資を集め、所信を述べた。
府内の混乱を治め、諸外国の関係を適切なものにしなければならない。

老中 板倉周防守勝静らが、後見役はやる気のようだ。今までは朝廷の意向で幕府の重役を決めることなど無かった。
これからは、後見役が同意されると言うことならば、朝廷や諸藩に対し聞こえがいいのででは、「禍を転じて福と為す」でござる。

春嶽と慶喜が別室を与えられ、春嶽は 「我々が任じられたのは、幕府には無い役職で、しかも勅命によるもので、幕閣は面白くないだろう。」
慶喜は「部屋を与えられ、まるで置物のようだ。勅命を受け入れた形だけ示したいのだろう。」

老中 板倉周防守勝静 、老中 脇坂中務太輔安宅(佐々木功)が来て、勅使の大原が慶喜と春嶽に島津久光を同席しての会見を申し入れますが、慶喜は勅使と幕閣の会見に無官の者が同席することに反対します。

勅使 大原が慶喜と春嶽に久光同席 老中排除 しての会見申し込む

一橋家
慶喜、美賀(石田ひかり)徳心院直子(鶴田真由)が揃って夕餉を囲んで、後見役就任を祝っていた。
たみ(水野真紀)が水戸に新三郎が戻っていると聞いたので、水戸に行きたいと申し出た。
慶喜は中根長十郎(信太昌之)と相談するように言いつけた。

表に早急に中根が「朝廷と老中何度かやりとりがあり、会見に久光の同席を断るなら、会見そのものを断ると言ってきた。いかがしますかと 待っています。」と伝えた。
慶喜は「判った。」と伝えよ。

一橋附家老 松平式部少輔近韶(田山涼成)が、老中方より、連絡があり、勅使が新たな勅状が届いたので、明日にでもお会いしたいと言ってきたそうですです。ただ 老中の同席は断ると言ってきて、老中方はお怒りのようです。
今度の勅使は、久光が同行しているせいか胸を張りすぎるようだ。周防守に余も老中の同席を望むと伝えよ。

慶喜と春嶽 勅使と会見 久光に釘を刺す

江戸薩摩藩邸
島津久光(江守徹)は、公武合体のために誰が苦心しているのか? ……
それなのに、将軍後見職の名をもって、わしの同席を断るとは いかなるものか?
大久保利通(池田成志)は、老中達は旧いしきたりにて、幕府の権威を保とうとしているだけ。
一度や2度断ってこようが、勅使の尻を叩き 再度申し入れ、実現させます。
久光は、この国を動かすため薩摩藩主にならなければならない。十分なる官位も必要だ。そうすれば73万石の大名を動かし、幕府に迫ることができる。

江戸城
慶喜と、松平春嶽は 勅使としては、久光の同席を許さなければ、勅状も伝えられず、江戸に滞在しても仕方ないので、帰京したいと言っている。
慶喜は 勅状があるとすれば、無視できない。しかし 久光を同席させ、老中の同席は困る 申しているのか?
春嶽は、まずは 勅状の中身を知ること。 周防守 いかがかな?
仕方ございません。お任せいたします。

勅使・大原重徳(岡村喬生)が 久光を 同席させ 勅状を読み上げた。
1、前京都所司代 酒井 ……
4.和宮 寝所 造営
11. 両人 成績について見るべきもの無し…… と書いてあった。

春嶽は 細かく対応し、慶喜は、勅状への返答を書き渡した。

これからも思し召しを仰せください。時勢において、行われがたき 不条理なる儀は、 お上の意向でもお受けいたしかねることもあります。

慶喜は 久光に近日中屋敷に招く。その折にと伝えた。

一橋家
たみ(水野真紀)が水戸に戻ることになり、徳心院直子、美賀に御礼を述べた。
直子は、いろいろ心配し、松島(岸田今日子)に手を打つよう言うが、手を打っていた。
どのようなことと聞かれ、中根殿に頼み、水戸藩と話し合い、父親との手紙のやりとり、一橋家よりの餞別などでございます。
直子は、私も父に手紙を書きましょう。もし一橋家に戻りたければ、帰ってきなさい。

松平春嶽が勅使・大原重徳に たとえお上が、久光殿の島津家家督相続を望み、薩摩藩主になられると仰せになっても、藩主任命は幕府の専断事項にて朝廷には関わりないこと。
我ら二人は勅命によりお役目を賜ったが、幕府の役職にない一時的なものだからだ。藩主は違う。嫡男が藩主を拝命しているのに、何の理由もなく幕府が藩主を勝手に据えるとは、全国の藩主が黙ってはいない。幕府が崩れる。位の件も現藩主が持っており、無冠のものに与えられない。
大原は久光に褒賞は何もないかと言う。

勅使下向は久光の願いで 褒賞はなし

一橋家
慶喜は囲碁をしていた。中根は、この度の勅使下向は久光の願いによるもので、藩主の件も官位の件もお上の意向ではないようである。
大奥から漏れてきた情報、和宮のお母堂 観行院様のものですが、久光の件 お上もお困りのようです。京都所司代からの話 一致しています。


新門辰五郎(堺正章)れん(大原麗子)が冬場は火事が多いから、今のうちに大山参りに出掛けた。
帰りに遠回りして 異人で賑わう横浜に回った。あそこは日本でない、どこか別の国だった。

生麦
麦屋は商売繁盛で大賑わい。れんは久しぶりに、兄 与兵衛(岡本信人)一家に会った。

一橋家
慶喜が 久光を屋敷に招いて、春嶽と労をねぎらった。
久光は結局、 幕府からさしたる恩賞はいただけなく帰ることになった。
薩摩に戻る挨拶をした。

久光 帰路 生麦事件が起きる

生麦
薩摩の殿様が通るので、麦屋では、瓜を食ってじっとしていた。

薩摩藩の400名ほどの大行列の先で、馬に乗る4人の異人が行列の前に立ち塞がり、動く気配もないので、藩士が 3人斬り 1人が逃げた。(1名死亡、2名重傷)
そのことで待つ間、麦屋に寄り、 島津久光がお茶を所望してきた。辰五郎とれんが応対した。
奉行に知らせず久光が先に進もうと立った。

一橋家
慶喜に 中根が昨日 生麦あたりで久光の行列に無礼を働いた異人を薩摩藩士が斬った と報告。

この生麦事件は大事件となり 英国代理行使 ジョン・ニールが幕府に抗議した。

▽まとめ&感想

文久2年 勅命により 慶喜は将軍後見職 松平春嶽は政治総裁職に就いた。勅使 大原が慶喜と春嶽に久光同席 老中排除 しての会見を申し込み、慶喜と春嶽が 勅使と会見、その場で久光に釘を刺す。勅使下向は久光の願いで恩賞はなく、帰路 生麦事件が起きた。

※この放送は、字幕が出ません。私が理解できない言葉があり、解釈が間違っていること、あったらゴメンナサイ。

生麦事件の前に 勅使が来て、会う会わないの葛藤があったなど、知りませんでした。
慶喜さん もうすっかり 将軍らしくなりました。