大河 徳川慶喜 第27回 「幕政改革」▽あらすじメモ▽

チャンネル銀河 2020/10/21(水)AM8:00~

薩摩藩 久光の起こした 生麦事件 幕府は対応に苦慮

江戸城
将軍後見 刑部卿慶喜(本木雅弘)と政治総裁 松平越前守春嶽(林隆三) は生麦で、久光の行列に無礼を働いた異人を薩摩藩士が斬ったことに ついて翌々日に、外国奉行と目付から報告を受けた。

老中 板倉周防守勝静 は神奈川奉行の報告によると 行列の先の薩摩藩士が斬ったのは明白、横浜の居留地では、イギリス・フランス・オランダなどの領事や公使が行列追撃のため、軍艦から兵を出すと騒いでいます。
春嶽は、イギリス公使館を2度襲い、この度のこと イギリスも黙ってはいまい。幕府としては、久光に使者を送り、いずれかの宿場で行列を停めさせ、下手人を差し出させよう 命ずるべきだ。

板倉は、久光は後始末もせず、立ち去るとは 幕府を困らせるため。 幕府軍で討伐すべき。

慶喜は、幕府と外様で争乱が起きる。使者を送り無視されたら、幕府の威信が落ちる。
京都にて、下手人を差し出させよう 命じ、私から言って、お上に命じてもらおう。

聞くところによると、久光 出立前に、薩摩藩より東海道通過のため 外国人と不始末が起きぬよう 諸外国の公使に通達するよう届けが出ていた。外国奉行は通達を出していなかった。

新門辰五郎(堺正章)れん(大原麗子)が境内を通り近道をしようと辻斬りにあった。
れんは、声を上げ、会津藩士 寺岡勘十郎(柴俊夫)に助けられた。

春嶽の紹介で 横井小楠に世界情勢・ 海軍創設の必要性学ぶ

一橋家
慶喜のもとに春嶽の紹介で 肥後熊本藩士 横井小楠(しょうなん:高橋長英)が来た。
日本の海を諸外国の船が多くいます。海軍創設が必要です。
イギリスには 1000隻席以上の軍艦が有り、海軍の兵が30万 と聞き及んでいる。海軍の力で貿易をし国を富ませた。議会もある。
我が国も、1つにまとめるために、諸大名を集め 広く議論せよということか?

慶喜は、美賀(石田ひかり)の膝を枕に、京に行くかもしれないと言う。いずれ将軍が上洛するので後見職は露払いで行かなければならない。
美賀は、つねづね京に戻りたいと思っていたので 同行できないのを残念がった。京の兄からの文に、京は天誅騒ぎで、この間も九條さんの家来が四条河原にさらされたと書かれていた。

美賀はこの間まで 罰を受けていたのに、起きてすぐに仕事に行かず、あのもの達を困らせてもいいのでは?
慶喜は徳川宗家は本家、放っておけない。
美賀に、この世で一番大事なのはそなた。我が喜びは、この世でそなたと会えたこと。この世のしがらみがあればこそ そなたへの思いが増す。

慶喜と越前守は幕政改革を行い 軍備を整えよう

江戸城
慶喜に老中が越前守様は、未だ久光様の処理がなされてないと、登城されていません。
久光には書状が渡っているかたずねた。
老中は、薩摩藩、京都所司代に書状を出し早急に下手人を差し出すよう言っている。
都では、長州を中心として 攘夷を唱える公家が増え、再び勅使の下向が噂されている。
まずは、幕政改革を進めることだ。
久光は、幕府が 薩摩73万石を敵に廻して、戦う気がないことを知っている。
徳川将軍家は600万石、力そのものがないわけでない。権威を支える気力を失っている。
諸大名からの信用を失っている。幕政改革し気概を奮い立たせなければならない。

江戸福井藩邸
越前守は、慶喜は甘い。老中どもを気遣い、どうにもならない。すぐ辞めたいのだ。
横井小楠は 辞任するのは、簡単だか 、一橋刑部卿は孤立力を失う。
諸外国に 隙を見せれば インド 清国のように、日本そのものは滅ぶ。
幕政改革を進めなくてはならない。

江戸城御用部屋
老中達が協議しても まとまらなかった。
噂では、役人達にとって、幕政改革が進めば役職が減り、賄賂ももらえなくなり、恐ろしいことになるだろう。

一橋家
慶喜のもとに横井小楠が来て、将軍が上洛し 朝廷に本日までのご無礼を謝すことが肝要。長州中心に湧き上がっている 攘夷倒幕の勢いを弱めることが出来ない。
和宮との公武一和を進めた公家達も幕府と結託したと、次々狙われている。

中根が、幕閣は将軍家上洛には150万両もかかり、その上薩長に襲われると心配している。
横井小楠は今は軍艦があり、数万両で上洛出来ます。

慶喜は 幕政改革の案を見て、
参勤交代を3年に1度、妻子を国元に戻す =一番金がかるので、具備に廻世ます。
中根は、参勤の度に献上物が有り、老中方は年 2000両 有志の方でも1000両になると聞き及んでいる。

海軍を作り、自由貿易を官の貿易を行う。これを 実行しなければ 将軍家が危ない。

大奥 天璋院 和宮とバトル 最後は戦いなさい

大奥
将軍 家茂(水橋研二)が大奥に渡り、和宮(小橋めぐみ) と猫のミケを遊ばせていた。観行院(山本陽子)もにこやかに 見守っていた。
そこへ 故13代 将軍の御台所 天璋院(深津絵里)上臈の高部(園佳也子)が来て、殿様は昼間より ここにいらしては、老中達が 気がゆるむので、表に 戻るよう 和宮にも諭す。
天璋院が観行院に和宮に武家のしきたりをいうて聞かせてと言う。
そして「御台様」と呼ぶと、和宮は「なに?」と応えた。
これを聞き高部が 「天璋院様から呼ばれたら「ハイ」と答えてください。姑に対する礼節です。」
和宮は「あっ そう?」
高部は、観行院様 これは 天璋院様に無礼ではないかと問いかける。

観行院は、そなたこそ 和宮様に対し無礼。和宮様は、お上の妹で、そなたに 礼儀のこと言われる立場ではありません。和宮様が下向したのは、徳川家に仕えるためでなく 公武一和を支えるため、お上から遣わされた。姑様に遣える約束はしていません。
それよりも、下向に当たり たくさんの約束をしてきたが、ひとつでもなされたものがない。
母の立場でなく、公武一和から申し上げている。
暗い部屋に閉じ込められ、いつでもふすまの陰から 見張られている。和宮様はお上の替わりと思っていただきたい。
天璋院は、徳川将軍家に嫁入りしたからには、ここがそなたの家、日本の行く末を考えなさい。
公武一和が危ういものなら、そなたの手で回復しないでどうするのだ、大奥に不満があれば、戦いなさい。泣いていても 花は咲きません。

朝廷の圧力により幕政改革 実行され、幕臣は不満 慶喜上洛へ

江戸城
しばらくして、幕政改革が実行されることになった。
老中が、明日にも発表する幕政改革の要旨を 将軍将軍 家茂、 慶喜、と松平越前守に、読み上げた。

参勤交代 2年に1回を 3年に1回に変えて さらに江戸に滞在日数も1年から概ね100日と変えた。
人質として江戸に置かれていた妻子供も国元に戻ることを許した。
江戸藩邸の家臣を減らす。

このほか 関白、大臣の任命など 朝廷で決められる などあった。

当時、なぜ急に朝廷が強くなったのは判らなかった。

慶喜と越前守が引き上げ、越前守が「一応幕政改革の第1歩を踏み出した訳で、「御同慶の至り」でござる。」
慶喜「しかし、老中以下 幕府に仕えるもの 大いに不満でしょう。」

慶喜「長州が公家の間を走り回り、公武一和を潰し 条約破棄 …… この動きどの程度のものかご存じですか?」
越前守「実は、横井小楠は狙われているようだ。 用心しましょう。」

松平越前守は刑部卿はどうお考えと問われ、今は将軍後見職 その立場に立って、出来ることをする
慶喜は「桜の木に梅の花を咲かせることはできません」
越前守「しかし、桜の木が朽ちて入れば、いくら丹精しても、花を咲かせることはできません」
慶喜「花咲じじいのたとえもあります。枯れ木に花を咲かせましょう。」

慶喜が 昔々の その昔。湖の話

その頃 京都では 井伊大老に力を貸したもの達が、次々天誅を加えられていた。
この頃から急に 世の中が 変わり始めていた。

この物騒な都に 慶喜は行くことになった。

▽まとめ&感想

薩摩藩 久光の起こした 生麦事件に幕府は対応に苦慮する。
慶喜は春嶽の紹介で 横井小楠に世界情勢・ 海軍創設の必要性学ぶ。
幕政改革を行い 軍備を整え、諸外国に学び、幕府を立て直そうとする。
大奥では天璋院と和宮のバトル、天璋院は変わるために戦いなさいと勧める。
朝廷の圧力により幕政改革が実行され幕臣は不満だった。慶喜上洛へ

※この放送は、字幕が出ません。私が理解できない言葉があり、間違っていたらゴメンナサイ。

幕政改革 実際に こんなに 老中達 幕府に仕える人たちにとって、大打撃なこと よく通ったなーと思います。
大奥のバトル 見応えありました。
青天を衝けの放送日が 2021年2月14日開始だそうです。 予習はまだまだ続きます。