大河 徳川慶喜 第10回 「抗争のはじまり」▽あらすじメモ▽

チャンネル銀河 2020/9/28(月) AM8:00~

斉昭と慶篤の毒殺未遂 、 慶喜は駆けつけ双方の言い分

斉昭(菅原文太)と、兄 慶篤(内野聖陽)が毒を盛られと聞き、慶喜(本木雅弘)水戸藩 江戸小石川上屋敷に駆けつけます。

慶篤 は夕餉の準備をしていて、誰かに毒を盛られた。
それは、私がいなくなり得するもの、天狗党が、父に権力を持たせるためにやった。
父は、思うようにならないと 怒り出す。

斉昭は、余の命が狙われた。徳川御三家の1つ 水戸藩は幕府と関わりが深く、親しくなってくる。余を排除するため、谷田部兄弟の差し金と聞いた。谷田部は蟄居している、結城寅寿の配下である。
共に亡くなったら、結城が都合のよい養子を連れてくる。
根の深い問題で、慶喜の将軍継嗣にかかわっている。

慶喜は、私は将軍の器ではないと思っていた。

吉子の側用人 永原帯刀(佐藤慶)は芸者遊びをしていたことを、内密にしてくれるよう、慶喜に頼む。
慶喜は、金の出所を心配する。

慶喜が母の吉子(若尾文子)を探すと、池で釣りをしていた。父と兄が毒殺されようとしたのに、なぜ、父と兄のいさかいを収めようとしないのかと、怒り帰った。

京の関白・鷹司政通は 斉昭を通じ開国に理解があった

斉昭公は、朝廷を大事にしたので、お上の信頼が厚かった。
斉昭の姉・清子(有馬稲子)が、京の関白・鷹司政通(宝田明)に嫁いでいたので、鷹司は世の中の動きを、他の公家よりご存じだった。
京・小御所 では、鷹司政通が「異国との関わりは心配しなくでもいいようだ、。異人達も戦に及んでことを決しようとはせず、交易を盛んにしたいのが、本音のようだ。我が国も国を開き、大いに交易をし、国を富まし、異国を恐れぬようにする。」
左大臣 九条尚忠は「お上は、異人達の襲来を苦々しく思っている。」
鷹司政通は、「国を開かなければ戦になる。戦になれば、異国の戦力は勝り、勝ったとしても焦土となり、国民は苦しむ。」……
「政は、関東に任せてある。正し 異国との取り決めは重大事。お上の 御心で」

鷹司政通は、自宅に戻ると、清子が、九条家に養子に出した幸経が、顔を出し、所司代がたびたび来ているが、何かあったのかと気にしていたという。
清子は、弟の斉昭から手紙が来て、慶喜のこと よろしくお願いしたいと言ってきたと話す。
幸経が隣の屋敷から、やって来て、水戸の斉昭と、慶篤があやうく毒を盛られそうになった話しを知っているか 尋ねた。
慌てて、いつ、誰から、それで?聞き 、「半月前に 所司代から 事前に止められた」との答えに、安堵する。
斉昭殿は、攘夷で、国を開くのはやむを得ないとう考え。
お上、公家達は攘夷のみ。

鷹司政通は、30年以上関白を賜り、その間 朝廷の権威を保ち 貧しい公家達の生活をよくするため幕府と掛け合ってきたが良くなっていない。しかし幕府に金はない。挙げ句の果ての黒船騒ぎ。
公家は外を見ていない、赤子のようだ。若い公家はよく見て、よく学べ。異人は手強い。

顔色が悪い幸経の鼻血をみて、横になれと言い、加持祈祷、医師を頼むよう言う。

たみは’みよ’を疑い 美賀の側に、永原帯刀はしっかり状況判断

一橋家 美賀(石田ひかり)は横になり、本を眺めていた。

新三郎(藤木直人)の妻 たみ(水野真紀)が慶喜を尋ねてきた。
倉石佐衛門(佐藤淳)に改めて、新三郎を探すよう命令した。
たみが、寝言の みよと駆け落ちか心配し、自分も探しに行くと伝える。
佐衛門は、女の噂は聞いたことがなかったと、言う。
慶喜は、美賀に たみを側に置き 身の回りの世話係にして、見張るよう頼んだ。

中根長十郎(信太昌之)平岡円四郎(新井康弘)が、早川の弟が動き出してることを知らせた。
そして、水戸藩では 数日前 元家老の結城寅寿が蟄居先で首を打たれ、そのほか十数名重い処分を受けたらしいと報告した。

永原帯刀(佐藤慶)が約束の日であると、やって来た。結城の首をはねたのは、本当かと尋ねた。
はい、結城が谷田部兄弟を使い、水戸徳川家を滅ぼそうとした罪です。
斉昭公は、結城の背後に、松平讃岐守がいて糸を引いていると、老中と談判中です。
そちを呼んだのは、水戸藩で何が起こっているに知りたかった。父母側近くにいるから、教えてくれ。
帯刀は、「何が起こっているかより、誰をいうことを信じるかが大事。」
帯刀の話はすべて曖昧で、芸者遊びをしているのかと責める。

慶喜が「父のこと、どう思う?」と問うと
帯刀は、「正直 斉昭公 体の具合かなり悪く 腹立ちになること多く、 慶篤公とは犬猿の中
斉昭公の考えになる藩政改革、幕政改革にせよ、その規模が大きく、必要な金がどうにもならない。
結果、斉昭公の申すことは、机上の空論となり、皆々困り、ますますお腹立ちになるという 悪循環
この国の有り様を考える方がいなくなった。
これからの政は、外国とのやりとりを含め、欲得ずくの争いになる。斉昭公には不向き。」

下田に米国のハリス総領事が現れ 日米和親条約の条文解釈の違いで紛糾

安政3(1856)年7月21日
タウンゼント・ハリスが米国総領事としてサン・ジャシント号にて下田を来航します。

江戸城の主席老中 堀田備中守正睦(有川博)は、この時期にアメリカ合衆国の役人が居住したいとやって来た。老中 阿部伊勢守正弘(大橋吾郎)にこのような約束は、あったのかと尋ねる。
日米和親条約の条文解釈の違いによるものだった。
日本文では「両国政府においてよんどころなき儀」があった場合と表現されていますが、英文では「両国政府のいずれか一方がかかる処置を必要と認めた場合」となっていたためです。
幕府は認めず、紛糾します。
怒る、斉昭。

慶喜と、美賀に給仕する たみ

倉石佐衛門が材木町にいると、旗本 早川の弟達が現れ、同行を求められた。

▽まとめ&感想

斉昭と慶篤の毒殺未遂 、 慶喜は駆けつけ双方の言い分。
京の関白・鷹司政通は 斉昭を通じ開国に理解があった。
新三郎は不明のままで、 たみは’みよ’を疑い 美賀の側に。
永原帯刀はしっかり状況判断をしていた。
下田に米国のハリス総領事が現れ 日米和親条約の条文解釈の違いで紛糾