太平記 26話「恩賞の波紋」▽あらすじメモ▽

醍醐天皇と廉子の子供達 VS 大塔宮

里内裏の中で6才の義良(のりよし)親王が蝶を追っている。それを勾当内侍(宮崎萬純)が追いかける。走る義良親王を後醍醐天皇(片岡孝夫)が抱きとめ、父の話を聞けと言うが、駆けだしていく。
恒良・成良・義良の三人はいずれも阿野廉子(原田美枝子)が生んだ皇子である。

後醍醐は恒良・成良皇子に延喜の帝(醍醐天皇)は公家一統で正しい天皇親政だったと説明する。
古い理想を追いつつ、先例や家柄にとらわれない新しい政治が必要と皇子達に話す。
これを聞いた洞院公賢が「あまりに性急に事を運んでは…」と苦言を呈するが、後醍醐は「はじめから先例があったわけではあるまい。いま朕のすることは、ことごとく未来において先例となるべきぞ」と言う。

勾当内侍(宮崎萬純)廉子に帝が呼んでいると告げに行くと、坊門清忠(藤木孝)千種忠顕(本木雅弘)と恩賞となる北条領の分配の話をしていた。彼らは笑いあい、地図に名前を書き、勝手に領土の予想をしていた。

廉子後醍醐のもとへ行くと、恒良を春には皇太子に立てたいと言う。「義良が末頼もしいのだが…」と言うと、あまりに幼いと廉子は笑う。
後醍醐は天皇の権威を示すために、昔の様な立派な大内裏を作りたいと言う。
廉子に、さしたる功もないものが、あれこれ言ってくるだろうが、聞く耳は持たぬ と言う
「そうでございますとも」と繕う廉子
「案ずるな、そなたは格別じゃ。そなたの望みは耳を貸そうぞ」と笑うのだった。

恩賞が発表され 赤松円心は激怒 足利一族外される

やがて主だった公家や武家に対する恩賞が発表された。
千種忠顕は丹波国司に任じられ、楠木正成(武田鉄矢)は河内・和泉国司、名和長年(小松方正)は伯耆・因幡国司に任じられ、恩賞は厚かった。
しかし、大塔宮寄りの赤松則村(円心 )(渡辺哲)に対しては播磨の佐用ノ庄一ヶ所が、与えられただけであった。円心はがくぜんとし、六波羅攻めの功を挙げて訴えるが、はねつけられる。

これらのことは、新政治に影を落とした。

円心は激怒して内裏を出ていった。物陰から眺めている、廉子は我が子のため、護良親王派の最大の軍事力を除くようしたのだった。

恩賞で冷たい仕打ちを受けた赤松円心がは六波羅の足利尊氏(真田広之)を訪ねた。
高師直(柄本明)は、「こちらに来られるのは筋が違う。大塔宮(堤大二郎)にお頼みになっては」
円心は「しょせん宮は武士の心がわからんお方じゃった … 武家の棟梁である足利 …二度と帝のために働くことはせん!」と立ち上がる。
尊氏は呼び止め「本日御辺がまかりこしたること、この尊氏、しかと胸に刻みまする」と言う。

赤松が帰った後、師直も今回の帝の恩賞や、新政により作られた所に、足利一門は採用されず、新田には一族はあちこち役職を与えられている。巷では「尊氏なし」などという言葉がささやかれていると。
不満をぶちまける。

石 藤夜叉 日野俊基にもらった和泉の土地諦め 都へ戻る

そのころましらの石(柳葉敏郎)は、なけなしの金をはたいて家来を二人雇い、藤夜叉(宮沢りえ)不知哉丸を連れて、日野俊基にもらった和泉の土地へと向かった。
ところがその土地は全く別の公家の領地となっており、その家人の武士がいた。
石は俊基の書き付けを 示すが、この土地が主人のものであることは、帝の「綸旨」で確約されていると言う。御新政では、全て綸旨が無ければダメなのだと。
家来として付いてきた二人は逃げてしまう。石と藤夜叉母子は 都へ帰ることにする。

都に戻った石は紛争を調停する役所・雑訴決断所に駆け込むが、大混雑であった。
ようやく、石は日野俊基の書き付けを証拠として提出し、花押などから確かに俊基のものと認めるが、「盗 んだものではあるまいの」などと疑われる。石は隠岐で助けたこともあるから帝に取り次いでくれと頼むが、綸旨が無ければ叶わぬと追い出さ れてしまう。

北畠顕家は奥州の乱を鎮めるため 義良親王を頂くことに

後醍醐帝は北畠父子を里内裏に呼び、顕家(後藤久美子)に奥州に赴き、乱を鎮めるよう命じ、北畠親房(近藤正臣)にはその後見として同行するよう申し渡した。
親房は北畠家は学問の家柄、と渋るが、顕家は「顕家も十六、武において誰にも劣るものではござりませぬ」と命を受けた。
帰宅すると顕家は奥州の地図を眺め広さに驚き、期待を語る。
親房は眉を描きながら、気概を認めながらも、また帝の威光を必要とし、義良親王を頂き奥州へ行くことを、帝に奏上したことを明かす。「人の心をつかむには幼き者が一番じゃ」と親房は言う。

この時代、子どもには神聖なるもの、呪術なものが宿っていると思われており、人ならぬ力を持つ存在とされていた。

遠く硫黄島に流されていた、後醍醐の側近中の側近 怪僧 文観(麿赤児)が都に戻ってきて、廉子達が集まり歓迎の宴が開かれた。文観は酒に酔い、勾当内侍に酌をさせていた。
坊門清忠名和長年、そして佐々木道誉(陣内孝則)が廉子と密談していた。
清忠と長年は親房が義良親王を連れて、奥州に行くと言うのは楯にする魂胆か と言うが、
道誉は「幼君といえど帝の尊き御名代。たとえ北畠殿に従わない武士達も、幼君に従いましょう。大事なのはその先、奥州を従えたが親王が、……」
長年「北畠のもくろみを逆手にとるのか」

とうとう「おやめ下され、文観さま!」と勾当内侍が声を上げ、宴席から飛び出し、入ってきた新田義貞(根津甚八)にぶつかってしまう。内侍の扇が落ち、拾おうとした義貞と内侍の手が触れ合う。
その様子を見ていた道誉は「内侍は木石のようなおなごじゃ、義貞殿の思いが通るか」とからかう。

尊氏と義貞に揺さぶりをかける北畠親房・不知哉丸 祖母と会う

六波羅奉行所の尊氏のもとへ義貞に案内され親房が訪ねてきた。
尊氏「国司が任国に赴くとは、絶えて無かりしこと。しかも奥州は緊迫した情勢」
親房「島流しにでもおうた気分…、これは言うてはならぬこと…」と笑宇。
尊氏母・清子の実家の丹波栗を親房と義貞に勧める。
親房は栗に手こずり、師直が栗の皮をむいてやる。

そのころ、足利直義(高嶋政伸)の屋敷に、直義に連れられ不知哉丸が遊びに来て、弓を射ていた。
丹波の先祖の墓参りに来た途中、都の息子達に会いに来ていた清子(藤村志保)は直義に子供が懐いていることに驚き、また「なかなかりりしい顔をしておるではないか」と不知哉丸を見た。
直義も「なぜか 気が合うてしもうて…」と笑いながら、不知哉丸の栗を食べる。

親房は奥州へ旅立つに当たって尊氏護良親王とぶつかることのないように言いに来たのだった。
親房尊氏に「公家一統の世にも、武士の棟梁は認めなければならない。」
尊氏「ただただ、帝の新政に一身をかけておるばかり」
親房「それが器量と申すもの。なぁ新田殿」
義貞「それがしとて、帝を思う心は誰にも負けませぬ。」
親房「新田殿とて、一方の棟梁。武家の棟梁が 二人ながらそう申されるなら、帝もご安心」

親房は義貞に「なぜ鎌倉を捨てたか、足利を恨んでおるのではないか」と問う。
義貞「都で都で直々に仕えたく、鎌倉は足利殿に譲ったまで。恨むなど滅相も無きこと。」
尊氏「我らと新田殿は、共に北条を討たんと約した中。同志でござる」

親房は「同志のう…ははははは」と不敵に笑い、「足利殿は鎌倉と京にに二つの足をお持ちじゃ。おかげで、この年で奥州に赴く羽目になった。しかも親子で」
尊氏「北畠殿は1枚上手。三位殿の皇子を頂き、盾にする魂胆」
親房は、鎌倉の千寿王のことを述べて「幼子の力は新田殿がようご存じのはず…」と嫌味をこめ言い、「奥州と鎌倉は近うござる」と関東の足利を牽制するようなことを言う。
これに対し尊氏も「京と鎌倉も近うござる」とやりかえした。

夕方の近づく直義邸では、不知哉丸が熱を出し寝込んでしまった。清子と直義は慌てて薬師を呼ぶ。

帰ってこない不知哉丸藤夜叉も心配していた。そこへがっくりとしたが帰ってくる。
藤夜叉は不知哉丸のことを聞くが、石は「知らねぇぞ…」と答えるだけだった。

親房も義貞も帰ったあと、尊氏は残った栗を口に入れ「栗はめば ましてしのばゆ…」とつぶやく。
師直「ああ。憶良でございますな。瓜食めば子供思ほゆ、栗はめば ましてしのばゆ…」

尊氏は子ども達のことを、義良を、顕家を、千寿王を、不知哉丸のことを思った。酒はあくまでも苦かった。

▽まとめ&感想

醍醐天皇廉子の子供達 VS 大塔宮
・恩賞が発表され 赤松円心は激怒 足利一族外される
・石 藤夜叉 日野俊基にもらった和泉の土地諦め 都へ戻る
・北畠顕家は奥州の乱を鎮めるため 義良親王を頂くことに
・尊氏と義貞に揺さぶりをかける北畠親房・不知哉丸 祖母と会う

廉子と大塔宮派と、そして北畠親房と尊氏と義貞の駆け引き、腹の探り合いが面白かった。
「人の心をつかむには幼き者が一番」こんな発想有りませんでしたが、なるほどのことと感心しました。