あしたも晴れ!人生レシピ★つながり豊かに!外国人の“お隣さん”と共に生きる▽こんな話

Eテレ 2023.10.27
日本で暮らす外国人の数は300万人以上にも。地域に暮らす外国人が日替わりでシェフ 母国の家庭料理をふるまうカフェ★南米では誕生日など特別な日を盛大に祝う そのスキルを生かすペルー女性★横須賀の介護施設 インドネシアからの人に長く快適に働いてもらうために 礼拝室を備えたカフェをオープン

【ゲスト】サヘル・ローズ【司会】賀来千香子,小澤康喬【語り】堀内賢雄

地域に暮らす外国人が日替わりでシェフ 母国の家庭料理をふるまうカフェ

日本で暮らす外国人の方たち 2012年12月 およそ307万人ということで、前の年に比べ31万人増えて 過去最高だそうです。
ゲストのサヘル・ローズさんです。サヘルさんは8歳の時に育てのお母さんと2人でイランから日本にいらっしゃって、それから30年近い時間が流れているわけですけども 、当時と今で 外国人の方たちを巡る 日本の現状 変化は感じられますか?
(サヘル)最近は区役所とかでは 困った時のガイドラインのパンフレットも、結構いろんな言語が出てきていたりとか 少しずつですけれども 生活しやすくさせようとしてくださってる意識が 始まったとすごい感じます。
でも実際 来てみたら意外と外国の方々に対して 今も まだまだ壁が大きいよねという声も たくさん聞きますし、そこで孤立をしてしまったり 孤独を感じてる人は正直 少なくありません。この まだ かみ合っていない お互いが たぶん「どうしよう同士」なので 少しずつ歩み寄るきっかけが生まれてくるのかなと思っております。

大阪 箕面市の国際交流施設にコムカフェ Commcafe は、いつも にぎわっています。
その人気の理由は、日替わりでメニューが変わる世界各国の家庭料理で、シェフを務めるのは地域に暮らす外国から来た人たち。これまでに世界40か国100人近くの人たちが 母国の料理を提供してきました。
キューバからの留学生フランクリンさんが作るのは、ボリューム満点のチキンフライやピラフ。
シリア出身のジェニーさんは内戦を逃れ他国へ移住した後 日本へ。フムスやチキンソテーをふるまいました。
この日 朝9時 たくさんの食材とともにやって来たのは、シェフを担当する女性 タイ出身のノックさん。6年ほど前から毎月1〜2回料理をふるまっています。作るのは絶品と評判のサバカレー
雑誌編集などの仕事をしていたノックさん。タイを訪れていた日本人と知り合い14年前に結婚、仕事を辞め 日本へ。子どもも生まれ現在3人で暮らしています。
ノックさんにとって初めての異国での暮らし、夫以外に親しい知り合いがなく 心細さで いっぱいだったといいます。夫の智弘さんもノックさんが孤独を感じていることを気にかけていました。日本語教室に通っていた時 声をかけられ 「寂しかった。何かできるならやりたい。日本人もタイ料理食べたいかな?私は’必要な人’になりたい」と参加することにしたのです。
このカフェは 外国人シェフたちが 自分のできることで人と つながる居場所になっています。韓国出身のチェ ソンジャさんがカフェの仕掛け人で、外国人市民の相談に乗る仕事をしていた時 多くの女性たちから居場所のないさみしさを聞いてきたことが きっかけでした。
「なんのためにきたか分からない。皆の食事を作ること誰もがやっている。直ぐできる 自分の国、自分の家で作る食事を作って、日本の方にふるまったらどう?」と考え、母国料理をふるまうイベントを開催するように。好評だったことから店をオープン

協力し合い皆で作る このカフェ。やりがいを感じている日本人スタッフもいます。専業主婦をしていた齊藤綾子さん。最初はランチを食べに来た客でしたが ボランティアの話を聞き10年ぶりに働きはじめ「私にとっても大事ない場所」と感じています。
ノックさんにとって このカフェは「セカンドホームみたいです。みんながやさしくしてくれて みんながいろいろな仕事をやっている。エナジーをもらいます」

(サヘル)次回 私も ペルシャの人いなかったら作りに行こうかな。料理は やっぱり一番 人と人をつなげるための入り口。
(賀来)私たちも おいしい 異国の文化のお料理も食べたい。その食というのが働いてる外国人の方にとっては 日常の延長線にあるものだから 無理なく自然に、いいなと思いました。
(サヘル)必要とされる人になれたということを涙ながらに おっしゃった時に、やっぱ人間は国籍関係なくどんな人も必要とされるべき社会で…、その感覚って必要ですよね。

(小澤)チェさんによりますと、日本人のお客さんの中にも 外国の方たちに声をかけたい方が いらっしゃるが、ただ外国語が話せないから 話しかけられない。そんな時は 簡単な日本語で話しかけてほしい。そうすることで お互いの垣根が取り除かれるのではないか というお話でした。

このカフェができた背景には外国から来た皆さんの孤独の問題があるということで、群馬大学情報学部 結城恵教授に伺いました。
<孤独の要因>
1)言葉の壁でコミュニケーションが少ない。
2)エスニックコミュニティ(同じ国・同じ地域の出身者だけで集ってる) だけにいると 日本社会との接点が少ない。
3)日本人が外国人に接するのが不慣れ

(サヘル)私の孤独は親の孤独でした。子どもは やはり早いんです対応するのが。でも大人になって異国に来る方々、土台がもう固まってしまってるので 家の中で孤独で友達もいない。誰にもSOS出せなかったしどうしよう どうしようっていう中で すごい孤独を家の中で感じてました。

<孤独の対策>
・外国人と日本人をつなぐ 企画・仕組み作り
・外国人が得意なことを 日本人に教える機会 ➡ 自己肯定感につながる。
・お祭り、スポーツ大会、防災の勉強会に地域住民として参加を促す➡体験の共有で関係が深まる。そして受け入れる側もそういったことを通して 1人1人を認識できる。

(サヘル)本当にそのとおりで 異国の地で自分からはステップ踏み出すのは怖いです。まずは接点が欲しいってみんな言います。
今の現代社会のどんな人間も、みんな孤独を抱えて生きている中で みんな自分の居場所も欲しい。みんな 自分の家だったりとか独りぼっちになってしまって つながりたいし 誰かの瞳に映る自分を見つけたいので、目線が合う環境がもっと増えてほしい。
(賀来)みんな知りたいですもんね。それと自分のことも知ってほしい。本当 居場所って そういうことですよね。

南米では誕生日など特別な日を盛大に祝う そのスキルを生かすペルー女性

色とりどりのペーパーフラワーに華やかなバルーン。大切な記念日を彩るデコレーショングッズを販売する ブランド SOL LUNA(ソルルナ)が5年前に生まれました。手がけているのは日本人とペルー人のチームです。
中心となってデザインを考えるのは 来日して 22年になる日系ペルー人の滝本エリカさん。南米の国々では誕生日など特別な日にパーティーを開き カラフルなデコレーションアイテムを使って 盛り上げるのが風習がある。そのスキルを日本で生かしているエリカさん、色使いを原色ではなくパステルカラーにするなど 日本人の好みも意識して商品開発に取り組んでいます。
このブランドを立ち上げたのが堀口安奈さんは 大学卒業後 NPOで外国人の日本語支援などを行っていて 外国人女性を取り巻く厳しい経済状況などの問題に関心を寄せてきました。ある時 参加した国際交流イベントで エリカさんの手による見事な装飾を目にします。
同じ考えを持つ日本人の仲間にペルー人3人を加え事業をスタート、インターネットで情報を発信したところSNS映えするかわいらしさが受け 販売数も この5年で少しずつ増えていきました。
ペルーで暮らしていたエリカさんは働く場を求めて17歳で家族と共に来日。製造工場で製品の検査を行ったり弁当工場で働いたり、不安定な雇用でした。21歳でペルー出身の男性と結婚。3人の子どもを育てながら 生活費を稼ぐために工場での仕事を続けてきました。それは夜勤で大変でした。
そんな暮らしの中でも大切にしていたのは子どもの誕生日。自分の手で装飾するのが楽しみだったそうで、その腕前が外国人コミュニティーで評判となり パーティーの装飾を頼まれるように。それが堀口さんの目に留まり声をかけられたのです。
エリカさんは本格的に腕を磨くため猛勉強の末 日本のデコレーション技術の資格も取得しました。このブランドに参加してから 工場の仕事を週3日に減らし自宅で デコレーションのデザインを考えたり アイテムを作ったりしています。
商品開発の現場ではエリカさんのアイデアをもとに 日本人スタッフも意見を出しブラッシュアップしていきます。

ピニャータ(棒で叩いて割って楽しむ 紙製のくす玉)。割ると中から お菓子が出てくるため 南米では子どもたちを喜ばせるのに欠かせないアイテム。
割るに抵抗ある人もいるし、せっかくのものだから割りたくない人もいる。入り口を大きくして ひっくり返してお菓子を落とせるようにしました。

日本人スタッフは エリカさんの困り事の相談にも乗っています。月に数回 ペルー人スタッフの家庭を訪問し 日常生活のサポート。近々ペルーから義理の両親を日本に呼び寄せ 介護が必要なため 申請書類を書くのを手伝ってもらいました。
相談のあとは お互いの子育てトークに花が咲きます。子育てのベテランなので立場が替わり アドバイスをもらったりします。
この日は大阪のデパートに出張販売にやって来ました。はやりの推し活をテーマにした商品で新たな販路獲得を目指します。ふだんは インターネットで販売しているため お客さんと接するのは初めてのエリカさん。華やかなディスプレーに引かれて足を止めるお客さんもいて、子どもの1歳の誕生日が近いという親子連れは 名前を入れたバルーンをお買い上げ。
エリカさんにはブランドをさらに大きくし より多くの外国人女性を働く仲間にする目標があります。

(賀来)デコレーション めちゃめちゃかわいいですね。外国の方の「好き」を模索するというそのスタンスも立派だなって思いました。
(サヘル)エリカさんが持っている技術とか一番できること。で その国の持ってる特性もちゃんと着目を置いて、一緒にいてくれる人がいてよかった。1人でもし始めていたら 法律もルールも立ち上げ方も分からない。
(小澤)サヘルさんは自分に合った仕事を見つけることの難しさというのは どのように感じてらっしゃいますか?
(サヘル)お母さんは 私を引き取る前までは 大学院であと少しで教授になる資格を取ろうとしてた。異国の 日本に来てからは どうしても言葉の壁によって その資格が何の意味を持たなかった。ペルシャじゅうたんを織れるってことも 誰も聞くことはなかったから、清掃業でトイレとか床を洗ったり 工場で働いたり。言葉の壁で 話せないだけで誰にも相談ができないでいた。
給食のおばちゃんが タウンページでペルシャじゅうたんの会社を見つけて、片っ端から電話をかけ ペルシャ語が使える社長さんの会社を見つけてくださって、そこに電車賃お母さんに握らせて 面接に送り出してくださったんです。(母は じゅうたんを作る仕事に就けた)
今 思うと苦しかったんだろうなって。支援をしだすと 助けだすと ずっと寄りかかれてしまう。そうなると何か関係性が全然ウィンウィンじゃない、持ちつ持たれつの関係が一番大切で 相手に対して何かをしているつもりが今度 実は自分が困った時に 相手が助けてくれるんです。

横須賀の介護施設 インドネシアの人のため 礼拝室を備えたカフェをオープン

外国の方たちと豊かに共に生きていくためには、まずは相手の文化 習慣を理解することからということで あるユニークな場所が作られました。
神奈川県横須賀市にある介護施設、認知症の人向けのデイサービスを行っています。3年ほど前に技能実習生としてインドネシアからやって来たリリ・ハルディナさん
神奈川県などで複数の施設を運営するこちらの会社では これまで20名以上のインドネシア人を受け入れてきました。経営に携わる嘉山仁さんは 母国を離れて働く彼女たちを気にかけ、定期的に面談を行い 仕事や暮らしの中で困っていることがないかなど 状況を聞くようにしています。
リリさんたちの母国 インドネシアではおよそ8割の人が イスラム教徒。日本で不自由さを感じることもあるそうです。「食べ物で困っている。イスラム教徒なので 豚肉・酒・みりんダメ。スーパーに行ったら何が入っているか確認している。後 イスラム教徒は1日5回礼拝があるが、イスラム教の礼拝をするところ マスジドが日本にはあまりない」
そこで嘉山さんたちは 去年 インドネシア料理を提供するカフェをオープンし、小さな礼拝室も備えることにしました。店内にはイスラム教徒が食べられるハラル食品(食べることが許された食べ物)なども そろえました。日本では手に入りにくい インドネシアの調味料や人気の麺類、インドネシア産のコーヒーや、現地でよく食べられる バクソという肉だんごスープなどを提供しています。
海外からの旅行客が 旅の途中で礼拝をしに訪れることもあるといいます。カフェの運営はオーナーや介護施設のスタッフなどが行って、嘉山さんが自ら店番をすることもあってインドネシア料理の腕も磨いてきました。
この日は嘉山さんが企画した交流会が行われました。少しずつ増えてきた日本人の常連客やインドネシア人を招き 親睦を深めてもらうのが目的です。ナシゴレンやバクソなどインドネシア料理を用意しました。
日本女性「いただきますは?」 リリ「スラマッ マカン」、「スラマッ マカン」

他の介護施設で働いているインドネシア人のお二人は、このカフェの存在を知り訪れるようになりました。日本女性は外国人に生け花を教えた経験があり 国際交流に興味があって週に一度立ち寄ります。
交流会のさなか 流れてきたのは礼拝の時刻を知らせる合図。礼拝室でお祈りをすることができました。嘉山さんは このカフェを今後 インドネシアの文化を発信してもらう場にもしていきたいと考えています。

(賀来)やっぱり礼拝堂まで作るって、イスラムの方たちの基盤ですものね お祈りというのは。

(小澤)カフェは「ハラパン」という名前で、インドネシア語で「希望」という意味だそうです。ルーツを問わず誰もが過ごしやすい地域を作っていきたいという 希望を込め、施設で働くインドネシア人の方たちが決定したということでした。

▽まとめ&感想

田舎に住んで 地域以外の人ともあまり会わず 外国の人と会う機会が全くありません。日本には多くの人がいらしているんですね。