東京リボーン 第5集 渋谷 迷宮大改造 ▽まとめ・防災都市へ

NHK総合 2020年8月22日(土) 午後9時00分~9時49分

2020が吹っ飛んでしまった。しかし悪いことばかりではないはずだ。
俺たちは危機の中で大切なことを知った。町は人間を守るためにある。
本当の東京リボーンはこれからだ。

東京の大改造 リボーンは決して、オリンピックのためだけではない。
今回のリボーンは
迷宮都市 SHIBUYA
若者たちの街は、度々 災害への弱さを さらけ出してきた。
その名の通り、渋谷は谷底にある。
豪雨の時には、水が一気に流れ込み街は惨状を呈する。
東日本大震災の時には、行き場を失った人たちを受け入れる場所もなく、人々は車道にまであふれた。
その弱さの根源は渋谷駅にある。
駅のキャパシテイを超え、鉄道4社がそれぞれに路線を拡大し続けた結果、8路線が入り乱れ、人々の動線は混乱。
巨大迷宮と化している。
更に、135年の歴史を持つ駅は老朽化し、大地震が襲えば甚大な被害が出ると警告されてきた。

手の付けられないモンスターみたいな、恐ろしい駅になっているのを、ざくっと作り替えなければいけない
— 昭和女子大学 田村圭介氏 —

緊急事態宣言が解除された5月末、巨大迷宮 渋谷駅の大改造が決行された。
1日 1000人近くが導入された、JR東日本史上かつてない規模の工事である。

埼京線ホーム 移設工事
駅の機能を維持しながら、これまで南の端にあったホームを54時間以内に350m北へ、大移動させるという超難関ミッションである。
待っていたのは、1分1秒争う時間との闘い
準備をし尽くしても直起こる想定外の事態。
そして、感染防止という前代未聞のハードルだった。

経済優先だった街を、人間のための街に作り替える。
危機の中にいるこそ、そのタイミングである。

シリーズ東京リボーン
SFコミック「AKIRA」のシンボルキャラクターと共に、ネオ東京の誕生を目撃する。
今回は、JR史上 最大の難工事に密着、防災都市に生まれ変わろうとする、渋谷の苦闘にダイブする。

渋谷と言えば、若者の街、でもこれは、年取ったアンタにも関係ある話しだ。
渋谷の挑戦は、アフターコロナの街づくりの実験だ。よく見とけ!

デザイン監修:大友克洋 テーマ音楽:山城祥二 語り: 香川照之 松坂桃李

埼京線ホーム 移設工事 2020年5月29日 東京 渋谷

緊急事態宣言が解除された、最初の週末。渋谷の街には 少しずつ、人出が戻り始めていた。
午後10時。スクランブル交差点の、通行規制が始まった。
これから 54時間に及ぶ、前代未聞の工事が、始まろうとしていた。
路上には 渋谷の街に似つかわしくない、巨大クレーンが出現した。
線路上には その上を走れる、特殊車両100台が列をなす。
土木 線路 電気などの、各専門分野のエキスパートが集結した。
JRは 合計2万枚のマスクを確保し、作業員に配布。
更に、フェイスシールドや防塵メガネなどを、全作業員分 用意した。
3日間にわたる工事を指揮する本部が、設置された。
ここも密を避けるため、ビデオ会議システムを使い、新宿 大宮などに、関係者を分散させている。

今回の工事のミッションは、埼京線ホームの大移動である。
350メートル離れていた埼京線ホームを、山手線の隣に移動させる。
これにより、10分近く かかっていた乗り換え時間が、一気に短縮。
人の動線の混乱は 解消され、地震への備えも盤石となる。
スケール 難易度ともに、JR史上最大といわれる工事である。

渋谷駅は 1日300万人が乗り降りする、巨大ターミナルである。
駅の機能を止めずに、いかに工事を行うか。JRは 考え抜いた。
工事現場の すぐ脇を通る、山手線の運行は止めない。
工事現場そのものである埼京線は、止めるしかないが、止めるのは 乗客が減る週末
5月29日金曜の夜11時半から、6月1日 月曜の朝4時までの、52時間余りと ピンポイントに限定した。
駅の機能を維持したまま、ホームだけを そっくり入れ替える
まるで、人間の心臓手術のような工事である。
今回の工事を指揮するのは、JR東日本、渋谷プロジェクトセンター課長 藤澤充哲
新宿や浦和などの、巨大な駅の工事を手がけてきた、JR工事部門のエースである。
この難工事を、いかにして54時間で終わらせるか。

藤澤たちは 2年前から、周到に準備を進めてきた。
2018年に行われた、準備工事で、上り線の線路が、横に2メートル ずらされた。
これにより 山手線の隣に、新しい埼京線のホームを建設する、スペースを ひねり出した。
その後1年半をかけ、終電と始発の間の、2時間ほどの作業を毎晩繰り返し、新しいホームを完成させた。
強固な杭を打ち、震度7の地震にも耐えられる、ホームである。
新たに出来た、ホームの位置に合わせて、下り線の線路を54時間という制限の中で、500メートルにわたって軌道修正するのだ。

軌道修正には 多くの難所がある。
まず 駅の北側のエリア。
ここでは 線路の横移動の幅は、最大1メートルほど。手作業で乗り切る。
そのすぐ隣、道路を またぐ橋がやっかいだ。
軌道修正する線路に合わせ、橋の角度まで変えるという、大がかりな工事となる。
最大の難所は 中央部、400メートルある、ホームに沿った部分だ。
ここは 線路の移動距離が大きく、横方向に 最大2.3メートル移動させなければならない。
通常の手作業だと、54時間では 到底 間に合わない。
時間内に終えるために、ある特殊な方法が採用された。
これは 今回 移動する線路。通常の線路と違い、砂利が、敷かれていない。
代わりに レールの下には、工事桁と呼ばれる、鉄の枠が敷かれている。
長さ10メートルの工事桁を、事前に 1年余りをかけ、線路の下に 57個 敷き詰めておいた。
この工事桁を、線路ごと動かすことで、線路移動を、超ハイペースで進めるという作戦だ。

午前6時。
準備作業を終え、いよいよ工事桁の移動を始める。
まずは、ジャッキを使い 工事桁を上昇させる。

次は 工事桁を、ホームの形に沿わせていく横移動。
最後の1センチを切ったところで、人間の手作業となる。
線路は 数ミリのずれが起こるだけで、列車の運行がストップするほど、繊細なもの。
最後は 人の手だ。
2年間の準備の成果が、見事に発揮されていた。

JRは、この時期に工事を行うにあたり、社内で検討を重ねてきた。
限られたスペースに、1000人近い作業員が投入される工事である。
細心の注意を払っても、密は 避けられない。
しかし JRは この工事を決断した。
この工事を完了して初めて、120%とも言える、安全運行が できるようになるからだ。

工事直前の5月25日、東京に出されていた、緊急事態宣言も解除された。
工事決行にあたって JRは、細かな感染防止対策をとっている。
作業員は ほとんど声を出さない。

勝手が違うが、これが ニューノーマルの工事である。
ただでさえ、難易度の高いミッションに感染対策という重い課題も のしかかる。
工事の指揮官 藤澤は、ステイホームすることもできず、この数か月 工事の準備に追われてきた。

工事1日目は 順調に経過していった。
しかし、翌日 多くの試練に直面することになる。

乗降客数 世界第2位、300万人が乗り降りする渋谷駅。
慣れない人には、電車を乗り換えようにも、どう進めばいいのか分からず、途方に暮れる 巨大な迷宮である。
渋谷駅の複雑極まりない構造を、忠実に再現した 立体模型がある。
渋谷駅の全長は およそ600メートル
東西南北に 8つの路線が、木の枝のように広がっている。
最も高い部分にある、地下鉄銀座線から、最も地下深くにある、地下鉄 副都心線まで、高低差は ビル10階分にも達する。
路線と路線を結ぶ、連絡通路は 入り乱れ、ひとたび迷うと、人波の中 方向感覚を失い、自分が どこにいるかも分からなくなる。
渋谷駅は 一体なぜ、ここまで、迷宮化してしまったのか。

渋谷駅は巨大な迷宮 時間を巻き戻してみる。

渋谷駅の中で最も古いのは 山手線
開業当初 1日の平均利用者数は、34人だった。
当時の渋谷は、駅の周りに茶畑が広がる田舎町だった。
しかし そんな渋谷が、一変する出来事が起こる。

1923年 関東大震災
栄えていた、東京の東側は、焼け野原になったが、渋谷には、ほとんど被害が、なかったと記録されている。
これを機に 人々は大挙して、東京の西側へ移り住み始める。
渋谷は 東京有数の、にぎわいを見せる街となった。
街が出来れば 鉄道が通る。
鉄道会社は、渋谷駅に路線を続々と集中させ始める。
1927年 山手線の真横に、東急東横線が開通。
1933年には 西の端に、京王が 井の頭線を。
1938年には 山手線の真上に、地下鉄銀座線が開通した。

更に東急は、画期的なアイデアを思いつく。
駅舎の中に百貨店を作り、鉄道利用者を そのまま、買い物客として呼び込もうとした。
既にあった、地下鉄銀座線の駅は、増築されたデパートの、3階部分に取り込むという、なんとも強引な設計だった。
しかし このアイデアは 大当たりする。

すると今度は 東急と西武が競い合って、駅周辺に 若者向けデパートを開業。
おしゃれな街として売り出し、更に渋谷駅の乗降客は急増した。
その後も渋谷には 路線が次々と誕生する。

1996年には JR埼京線が。
2008年には 地下鉄 副都心線が開業。
駅舎は 新しい路線が出来る度に、横へ 上へ 地下へと、拡張 増築を繰り返していった。
確固たるグランドデザインはなく、時代の求めるままに、渋谷駅は 迷宮化していったのだった。


こうして無秩序に膨れ上がった渋谷駅は、防災上の弱点を多く抱えることになった。
場当たり的に増築を繰り返した、駅の構造は、人の動線の混乱を引き起こしている。

これは 東日本大震災の時の映像。
電車の運行が止まり、行き場を失った人たちが、駅から あふれた。
通路は どこも狭く、満足に休める場所もなかった。
駅舎そのものの耐震性も、心配されている。
ホームの柱や屋根は、朽ちて雨漏りをしている。
巨大地震には ひとたまりもない。
救急車など緊急車両が、駅に入るのにも 時間が かかっている。
都心の大動脈 国道246号は、幅50メートルの、幹線道路だが、渋谷の駅前だけ、狭まっている。
JRの線路を支える、巨大な柱が邪魔をして、慢性的な渋滞を、引き起こしている。
阪神・淡路大震災以降に始まった、耐震性の見直しで、渋谷駅は、基準を満たすことが できなかった。

とうとう国が、渋谷駅大改造に乗り出すこととなった。
国と渋谷区から、駅大改造計画の立案を任されたのは、計量計画研究所 岸井隆幸所長
日本の交通工学の第一人者である。
岸井は 2006年、渋谷の再開発委員に就任した。

岸井は 各鉄道会社の利益を度外視して、大胆な改造のプランを打ち出した。
2013年 地上にあった、東急東横線ホームを、地下化することで、山手線のホームの横に、空きスペースが出来る。
そこに 山手線から遠く離れた、JR埼京線ホームを移設させ、乗り換え客の動線を整理する。
更に東急東横線ホームの跡地の地下には、貯留槽を作る。
豪雨を ここで受け止め 水害を防ぐ。
そして 建設から80年以上が経過し、老朽化が激しい、東急百貨店の解体を指示。
百貨店の中に潜り込み、改築ができないでいた銀座線ホームを、外に引っ張り出し、耐震性を向上させた新たな駅を作る。
あまりに大胆な岸井のプランに、各鉄道会社は 首を縦に振らなかった。
それでも岸井は 粘り強く、防災都市構築の必要性を訴え続けた。
今回のJRの大工事は、岸井が鉄道各社を、10年以上かけて説得した末に実現した、計画の一環である。

巨大迷宮 渋谷のカオスは、ワンダーランドみたいで、ある意味 魅力的だったよな。
でも時代は ウィズコロナだ。
そして何よりも いつか襲う巨大地震。
危機は いやおうなく 俺たちに、新しい街のことを、本気で考えさせることになった。
俺たち人間のための街、俺たちの命を守る街のことを。

JR埼京線ホームの移設工事は、2日目を迎えていた。

初日の順調さとは打って変わり、トラブルが頻発する一日と、なってしまった。

遅れが生じていたのは、駅の北側。
ほかの場所に比べて、工事桁の移動に てこずっていた。
原因は、作業スペースの想定外の狭さだった。
JRは この工事にあたり、徹底したシミュレーションを繰り返していた。
実物と同じ大きさ 重さの工事桁を使って、最短の作業手順をマスターしたはずだった。

これは 実際の工事。
作業空間の大きさこそ、シミュレーションどおりだったが、通路の狭さ 膨大な人と資材の数までは
再現できなかった。
加えて コロナである。マスクが作業員同士のコミュニケーションを難しくし、体力を消耗させていた。

工事では 作業が遅れる可能性を考え、エリアごとに余裕時間が設定されている。
北側のエリアに、与えられていた余裕は 3時間。
この時点で 30分を失った。
駅の機能を生かしていることも工事を難しくしていた。
現場の真横を 山手線が走り続けている。
ごう音が 作業員を絶え間なく襲う。
作業によっては 山手線が通る度に、安全確保のため、工事を止めなければならない。
スピードアップと安全性、ジレンマと闘っていた。
午後6時 残された余裕時間は、1時間を切っていた。

まだ大きな難所が残っている。駅の北側 道路をまたぐ橋だ。
軌道修正された線路に合わせて、橋そのものの角度も変えなければならない。
午後10時 作業が開始された。

175トンの橋が、内部に仕込まれたモーターで、ゆっくりと動き出す。
所定の角度に到達した。難しいのは ここからだ。

橋を下ろし 土台の金具に 寸分たがわず、はめ込まなければならない。

この橋は 1975年に架けられたもの。
長年の使用で、当初の形から変形している可能性がある。
午前1時 ジャッキダウンが始まる。

やはり変形しているのか、うまく接合部に入らない。
橋をミリ単位で動かし、接合できる位置を狙う。

何度やっても 入らない。
定されていた2時間の作業時間が、あっという間に過ぎていった。

百戦錬磨の男たちも、さすがに焦ってきた。
与えられた余裕時間は 使い切った。
あと2時間で 山手線が走り始める。工事は できなくなる。
しかし どうしても合わない。
その時 作業員が、本来の手順にはない作業を試みた。
橋につけられた金具。そのボルトを緩めたのだ。
大きな橋をミリ単位で、動かし続けるのが難しいのなら、小さな接合部の位置を、変えてみようという発想の転換だった。
緩んだ金具の位置を、ハンマーで僅かに動かした。

ボルトを締め直し 無事に定着が完了。
朝4時、ようやく最大の難所をクリアした。

図面は あくまで机の上での計算。
それを形にするのは 現場。
日本の土木技術の真骨頂である。
すっかり夜が明けていた。
工事の指揮官 藤澤の、長い一日が終わった。

藤澤は 一旦 仮眠をとったあと、ここに戻り 最後の1日の指揮を執る。

迷宮都市から防災都市へ

渋谷大改造を任された岸井のプランは、今 着々と実現している。
移転した東急東横線の跡地。
その地下25メートルには、巨大な空間が出現した。
谷底にある渋谷に流れ込む雨水を、一手に受け止める巨大な貯留槽。
完成して以来 渋谷では、豪雨による冠水被害は 起こっていない。
今年3月には、老朽化が心配されていた、東急の百貨店が、岸井のプランどおり、歴史の幕を閉じた。

去年の暮れには、閉店した百貨店の中に潜り込んでいた、地下鉄銀座線のホームを、外に引っ張り出す工事が行われた。
広々とした空間。線路を支える鉄骨 床 屋根は、全て 強じんに作り替えられ、地震への備えは 万全となった。
年が明けた1月3日。
銀座線の新しいホームがオープンした。
これまで 百貨店内の階段や、エスカレーターを使って、乗り降りしていた人々の複雑な動線も
一気に整理された。
JR 東京メトロ 私鉄2社。
利害は 時に対立したが、最終的には 防災都市の構築という、大きな目標に向けて、力を合わせることとなった。

防災都市にリボーンするための、渋谷大改造は 駅だけに とどまらない。
駅周辺には この8年で、4つの超高層ビルが出現したが、革命的とも言えるプランに基づいて建てられている。
そのプランを打ち出したのは、岸井の渋谷大改造計画の、パートナーである建築家 内藤 廣
東京大学の、副学長も務めた、建築界の、重鎮である。
内藤は 渋谷が迷宮化した一因は、周辺のビルが 利益だけを、優先させてきたことにあると考え、再開発にあたり、独自のルールを課した。

ルールその1
ビルの駅側を向いた場所に、エレベーターや、エスカレーターを、集中して設置すること。
これまで、渋谷駅と周辺のビルを結ぶ動線は、主に地上の道路しかなかった。
内藤は 再開発にあたり、駅側を向くビルの各階に、エレベーターや、エスカレーターを配置させ
駅に向かう人の動線を、確保しようとしたのだ。
本来なら 駅に面したビルの空間は、店を構えれば お客が集まり、確実な利益が見込めるエリア。
そのスペースを、公共の動線のために差し出すことには、当然 多くの抵抗があった。
しかし内藤は 譲らなかった。

ルールその2
各ビルの設計は、内藤が指名する建築家に依頼すること
内藤は、渋谷のビルの没個性さに、不満を抱いていた。
再開発される、ビルの設計を、担当する建築家を、自分が指名することで、各ビルが個性的になり横の つながりも、生まれ、調和の取れた街になると、考えたのだ。
2018年に東急が開業した このビル(渋谷ストリーム)は気鋭の女性建築家が中心となって設計された。
渋谷川沿いという立地を生かし、建物の外と中をシームレスにして、遊歩道の役割を果たすビルを目指している。
鉄道3社が、共同で運営している このビル(渋谷スクランブルスクエア)は、世界的建築家 隈 研吾が中心となり、設計された。
目を引くのは ビルの低層部分。
広告を映し出す画面を、ビルの形に沿わせ、あえて いびつに変形させている。
広告は あくまで、街の風景の一部という考えである。

2027年までに 渋谷駅の周辺には、更に2つのビルが建つ予定である。
そこにも もちろん、調和の取れた防災都市を目指す、内藤のルールが課されている。

俺たちって忘れっぽいよな。
今は まだ、アフターコロナとか言ってるけどな。
でも今度ばかりは、今の気持ちを忘れたくないぜ。
一つの場所に、みんなが集まって働くスタイル
立派なオフィスビルが、ふんぞり返っているままの、世界でいいのか。
ペストがルネサンスを生んだように、21世紀の俺たちも
新しいもの 新しい都市を、生み出したいじゃないか。

JRの巨大工事は、いよいよ最終日 3日目

10時半 移動した線路に合わせて、ホームを張り出す最終調整が、行われていた。

券売機などの設置も進み、いよいよゴールが見えてきた。
工事終了まで 残り2時間を切った、午前3時半。
工事の指揮官 藤澤は、渋谷の現場から離れた、大崎駅にいた。

工事の全工程が終了し、ここから 試運転列車に乗り込むのだ。
3日間にわたる工事が、本当に 無事成功したのか、指令室は 固唾をのんでいた。
段差なく 線路がつながっているか、実際に走ってみて確認する。

次に、ホームと列車の間の距離を計測する。
ここまで完璧な出来だった。
最後に、大きなチェックポイントが残っていた。
線路の軌道修正に合わせ、角度を大きく変えた橋の地点である。
列車が通ると その重みで橋は たわむ。
そのたわみが13ミリ以内に、おさまっていなければならない。
今回 最も てこずった箇所である。
関係者は 心配していた。

たわみは、 5ミリに満たない。
見事にクリアした。

朝5時1分。全ての工程が終了した。

6月1日 午前5時半。始発列車に合わせて、新埼京線ホームがオープンした。
JR史に残る壮大な工事だったが、感染防止のため、大々的な式典などはなく、淡々と始発が入ってきた。

この工事のことだけを考え続けてきた、藤澤の2年間が終わった。

渋谷は、次の改造に向け 既に動き出している。
渋谷 空中回廊
谷底である地面に下りることなく、400メートルにわたって 上空から
街を回遊できる歩行者デッキである。
空中に巨大な動線が確保されることで、災害時のパニックも 防ぐねらいがある。
完成は 2027年の予定である。
時代の求めるままに生まれた迷宮都市を、人間を守る防災都市へ。
渋谷の実験は、アフターコロナの街作りを、どう変えていくだろうか。

みんな 今度 渋谷駅に降り立ったら、思い出してくれ。
寝静まった街で 汗にまみれ闘った、名もなき人たちのことを。
欲望というモンスターと格闘し、この街を変えようとした人たちのことを。
目に映る風景が、きっと違って見えてくるはずだ。
東京リボーンは これからも続くぜ。

▽まとめ&感想

AKIRA」共にJR史上 最大の難工事に密着。
防災都市に生まれ変わろうとする、渋谷の苦闘にダイブする。
埼京線ホーム 移設工事 2020年5月29日 からの3日間
渋谷駅は巨大な迷宮 時間を巻き戻してみる。
迷宮都市から防災都市へ。

AKIRA」のキャラクター に引きつけられ、あっという間でした。
毎回ですが、工事をしてくださる、大勢のマンパワーに感心です。お疲れ様でした。
埼京線ホーム 移設工事、コロナで気がついていませんでした。
最近、渋谷の貯水槽のニュースを見ました。
少し東京にいたので、旧い渋谷駅が頭に浮かびます。もう、あの頃のものは、残っていないんでしょうね。