大河 徳川慶喜 第15回 「密勅」▽あらすじメモ▽

チャンネル銀河 2020/10/5(月) AM8:00~

慶喜は登城停止・井伊直弼 条約反対派の動きを警戒

安政5年(1858)夏
一橋家
刑部卿慶喜(本木雅弘)は当分の間 登城停止の処分を受けます。
美賀(石田ひかり)が臨月を迎えていた。
慶喜「今 コロリが流行っている、気をつけよ 」
徳心院直子(鶴田真由)が部屋に入り、「いつまで登城停止であるか尋ね、生涯でもいい」
美賀は、 不謹慎です。 不名誉なことは嫌いと言います。
直子が 「家老ごとき、井伊の無礼を認めることになるからだ。」

そこに、松島(岸田今日子)が来て、内々にと言い、慶喜が廊下に出る。
公方様(家定)が昨夜遅く亡くなった。4.5日虫の息だったらしく、しかも 亡くなったことは、しばらく伏せられるらしいと、申し上げた。例のことも、公方様でなく、自分勝手に決めたことでございます。

江戸城
井伊掃部頭直弼(杉良太郎)は老中達と、ロシアとの条約締結のことを協議していた。
京の朝廷のこと、水戸の老人、薩摩の島津斉彬の動きを警戒するよう命じます。

京 関白 九条尚忠は井伊に通じ、 朝廷は水戸の斉昭 薩摩の斉彬を頼りに

京 鷹司家
右大臣 鷹司輔熙(北見敏之)が 母 清子(有馬稲子)に 、父が戻らないか? 井伊大老が大軍を連れ、上洛し、お上を彦根にお移しし,条約について反対したものに 罰を与えると言う噂。
向かいの九条様が、裏切りの張本人で、お金に目がくらみ お上まで移すとは。昨日まで 絶対反対のものが、急に賛成を唱え始めた。 間違いありません。
他に、水戸 薩摩の侍が大勢上って来ている。皆 攘夷を唱えてる。 お上をお守りし、関東にもの申すのでしょう。
九条家に養子に出した九条幸経が、父を訪ねてきた。
気をつけてください。奉公人 島田左近 が井伊大老のものと繋がっている。彦根藩の者が 島田左近に会いに来た。

常御殿 孝明天皇(花柳錦之輔)に、太閤 鷹司政通(宝田明)がくれぐれも 玉座をお譲りになる事はしないでと頼んだ。関東の不誠実 傲慢は 目に余りますが、御譲位しないでください。

孝明天皇は なぜ約束を違えてまで、急いで条約を調印するのか、異人達の真意は清国のように、我が国を奪おうとしているのかもしれない、皇祖皇宗より この神州を汚さぬための作法がある。
関白は、頼りに出来ない。頼りにしている。手立てはないか?
水戸の斉昭、薩摩の斉彬が、動いてくれるだろう。

一橋家
美賀が女の子を出産。慶喜は抱いていた赤子を松島に渡す。直子が来て、赤子を抱き上げます。
慶喜が美賀を見舞い、梅にウグイスの掛け軸を送ります。

水戸藩 江戸中屋敷
斉昭(菅原文太)は、小石川より来た永原帯刀(佐藤慶)に井伊の動き、京に変わったことがないか聞き、もしもの時は妻の吉子(若尾文子)を守ってくれるよう命令する。
一橋にも、永原がお祝いに行くよう頼む。

一橋家
慶喜は、「夢中不識路」と大きな字を書いています。(こんな素敵な書 モックン本当に書いている?)
水戸の永原が来ますが、実は 赤子が4日もしないで亡くなり、悔やみなどいらぬ。日を改めて会うと、言い 刺繍をしている美賀を見つめる、ひげボーボーの慶喜。

朝廷内 関白 九条尚忠は武家伝奏かと紛糾? 薩摩藩主の島津斉彬 急死

京 小御所
鷹司輔熙(北見敏之)「関東が次々に条約を結ぶのは、関白職にある方の誠意と忠節が疑われる。」
関白 九条尚忠(森山周一郎)は、「幕府には御三家、御三卿のものか、大老の上京を求めているが、御三家、御三卿は罰を受け、大老は忙しいとのこと、待つしかない。」
青蓮院宮尊融親王は「勅命は無視されてもいいのですか、それほど軽いものですか」と問いかける。
関白 九条尚忠は、「条約を結ばねば戦になるというのであれば、関東の事情も考えねばならない。」
青蓮院宮尊融親王は「不思議なことを言われる。関白の職が、幕府の意向を伝えるためにあるとは、武家伝奏の役目ではないのか」
関白 九条尚忠は、「無礼な、わしに、関白を辞せと言うのか。いつでも辞する覚悟がある。しかしそなた達の脅しには乗らない」
青蓮院宮尊融親王は「関白の言葉、皆逆さまに聞こえる 。脅されているのは、私達の方。このまま関東の横暴を許せば、今度こそお上の権威は失われる。」
関白 九条尚忠は、「朝廷と、私が力合わせて、この難局を乗り切ること。公武一和だ」
権中納言 正親町三条実愛は、「公武一和とは、お上のご意向を尊重する事から始まるのではないか」権中納言 中山忠能は、「公武一和はその後」

九条家
九条尚忠が 家士の島田左近に 「この度のことは、太閤 鷹司政通が裏におり、水戸の斉昭、薩摩に繋がっている」と 話し、これを幸隆が聞いていた。

鷹司家
太閤 鷹司政通の許に 水戸藩 京留守居役 鵜飼吉左衛門が来て、斉昭が罰を受け、その時、将軍 家定は御危篤だった。その上、井伊大老が大軍を連れ、上洛し、お上を彦根に幽閉し、幼い君を、玉座におつけになり、この国を我が物にする噂がある。この度 勅諚を賜れば、時局が好転するでしょう」
そこへ、鷹司輔熙が薩摩藩主の島津斉彬が10日前亡くなったと九条さんに聞いたと入ってきた。

朝廷が関白の許しのない勅諚を 幕府より早く水戸藩に直接送った。

井伊大老を恐れた朝廷が、関白に断らずに、幕府に断らずに、水戸藩に対して、勅諚を出した。正式の手続きを踏まない、前例のない藩への直接の下賜であるので密勅となったた(戊午ぼごの密勅)。

江戸城
幕府への勅諚は水戸藩の2日後に届き、井伊大老は 怒り心頭だった。お上から一大名に勅諚がくだされるとは、前代未聞だ。
水戸藩への勅諚添書が付けられていて、攘夷を唱える各藩に回覧させるよう記してあったという。
いわば謀叛だ。水戸藩に勅諚を返納するよう申し渡せ。

水戸の老人の仕業だ。あのもの 子息を将軍継嗣とし、自らは副将軍としてこの国を動かしたいのだ。
この勅諚には、公武の合体、国内の安全と書かれているが、真の狙いは、一橋刑部卿の将軍継嗣なのだ。御三家でありながら徳川宗家を危うくするとは、なんたるぞ。徳川将軍家の力を見せる。

下田 玉泉寺
他の国から遅れて来たフランスの使節が アメリカの領事 ハリスに、アドバイスを受けていた。

一橋家
美賀慶喜の伸びた月代(さかやき)をはさみで切っていた。時々慶喜が痛がるので 松島が替わりに行うことになり、「少々トラでございます」
慶喜は鏡で見て「トラだな。お城に登るわけでないので、トラでもかまわぬ。」
直子が来たので、「月代の毛を切りそろえてるところです」と説明すると、直子は「おつむに刃をむけるとは!」と松島を叱った。
はさみを持ち、少し切ったところで直子は「お上から水戸藩へ直情がくだされた。源頼朝が鎌倉幕府を開いて700年 …… 朝廷は、狭い御所に押し込められ、誰がこの国を治めるのか、誰が一番尊いのか 」

—-孝明天皇・井伊直弼・徳川斉昭・徳川慶喜 の顔のアップ—-

たみ(水野真紀)が一人 生麦に向かっていた。その後を早川の兄弟がついてきていた。

▽まとめ&感想

慶喜は登城停止・井伊直弼 条約反対派の動きを警戒。
京 関白 九条尚忠は井伊に通じ、 朝廷は水戸の斉昭 薩摩の斉彬を頼りに思う。
朝廷内 関白 九条尚忠武家伝奏かと紛糾? 薩摩藩主の島津斉彬 急死。
朝廷が関白の許しのない勅諚を 幕府より早く水戸藩に直接送ったので密勅とされた。

この放送は、字幕が出ません。私の解釈が間違っていたら、ゴメンナサイ。
朝廷の言葉 なかなか 分かりません。
武家伝奏(朝廷における職名の一つ。 公卿が任じられ、武家の奏請を朝廷に取り次ぐ役職)
※蟄居や閉門の処分期間中や病気で床についている間はさかやきを剃らないものとされた。
だから、慶喜、斉昭 ひげもじゃな顔ですね。 知らないこと多すぎます。

じっくり見ると、1行で書かれていた歴史。
(井伊直弼が、日米通商条約を結び桜田門外の変で暗殺される)
を何週にもわたって、放送されると、いろいろな事情が分かり、とても興味深いです。