太平記 19話 「人質」▽あらすじメモ 高氏は新田義貞と共に戦に

千早城 楠木正成は食糧不足も、持久戦を持ちこたえていた

元弘3年閏2月末千早城の攻防戦はすでに二ヶ月を越えようとしていた。
1000人にたらぬ楠木軍が数十万の幕府軍を相手に知力を尽くして戦っていた。
隠岐から戻ってきた石(柳葉敏郎)が、朝もやの中、眠っている幕府軍の中を千早城に向かっていた、すると霧の中から、わら人形を抱えた兵を率いた楠木正季(赤井英和)がやって来て、隠れていた石の胸ぐらつかんで殴りつけた。石と分かると「見ておれ」とついてこさせる。
正季たちは幕府軍の陣に近づき、立ったまま寝ている兵の肩を叩き、パンチをお見舞いする。楠木軍の鬨の声を聞き、遊女(?)を抱いて眠りこけていた幕府軍の兵士達は慌てて飛び起きる。正季達は、幕府軍が動き出すと、城に退く。幕府軍は霧の中を追い、ぼんやり見えたわら人形を斬りつけていた。楠木軍の落とした大岩に悲鳴を上げる幕府軍。

千早城内では皆が集まり、久子(藤真利子)正成(武田鉄矢)に、食糧や塩が尽きかけて、木の実や虫など、何でも食わねばならないと言う。トカゲの日干しまで出される。
「一日長う持ちこたえれば一日の勝ちじゃ。十日もてば十日の勝ち。そうやって持っていれば、鎌倉は必ず割れる!」と正成。
戻ってきて、敵兵をやっつけたと語る正季を正成は叱りつける。「打って出れば、腹も減るし、怪我もする。ここは持久戦じゃ!それがわからんのか!この愚か者!」
そこへ入ってきた石に久子が気づき、隠岐を帝が出て、名和の城に入ったことを正成に報告する。
正成は「これで幕府がさらに大軍を送り、鎌倉が手薄になる、思惑通りじゃ」と喜ぶ。

千早城の新田義貞に右馬介が高氏の書状渡す

一方、千早城を囲む幕府軍も攻めあぐね、持久戦になって、相撲を取ったりして過ごしていた。その掛りは全て自分持ちなので、経済的にも苦しくなってきた。中には病と偽り国に帰る者も出てきていた。

幕府軍の中に具足師の柳斎(大地康雄)が紛れ込み「難儀でござリますなぁ」と声掛け、後醍醐帝の隠岐を逃げ、西国で兵を挙げるのことを話すと、御家人達は動揺する。
このことを聞きつけた新田義貞の兵に、陣に連れていって欲しいと頼む。
新田義貞(根津甚八)の前に通された柳斎は、足利高氏(真田広之)の家臣・一色右馬介であることを明かし、高氏からの書状を義貞に差し出す。義貞が開くと「おりいってお話つかまりたき儀これあり。急ぎ見参つかまつりたく候」とあった。

鎌倉の足利家 戦支度・母が足利庄に・妻子は鎌倉にと申し渡された

そのころ鎌倉の足利家では、3月中の出陣を命じられ、準備に、大わらわであった。そんな中、高氏は馬になり、千寿王を背中に乗せて遊んでやっていた。大きな地図を眺め、登子(沢口靖子)に高氏は「一緒に行かぬか」と言いだし、都見物をしていればよいと、笑うのだった。
明朝、足利庄に祖父の法要のため、清子(藤村志保)が旅立つことになり、高氏に地蔵菩薩の像を渡す。「修羅に向こうて旅立つそなたに、愚かなと思わぬではないが、闇夜に光が欲しいと思うこともあろう。……」と言う。
高氏・直義(高嶋政伸)兄弟の手を取り、「御武運を…」と見つめる。その光景を見て登子は不思議に思った。清子は輿に乗り出発した。

高氏が妻子を連れで出陣するという話は長崎円喜(フランキー堺)高資(西岡徳馬)の耳にも入った。「さて奇怪な話よのう。物見遊山ではあるまいし……」と鯉にエサをやりながら円喜はつぶやき「高資、念には念を入れたが良かろうぞ」と言う。

数日後、高氏は北条高時(片岡鶴太郎)の呼び出しを受けた。高時と長崎父子らが厳しい顔で待ち受けていた。
高時は妻子を連れていくとは甘いぞ、と高氏をからかい、そして「他にも子があろう」と高氏に詰め寄る。高氏が「ござりませぬ」と答えると、その場にいる皆が笑う。佐々木道誉(陣内孝則)からの聞いて、伊賀に高氏の隠し子がいることを、知っていたのだ。
やむを得ず、認める高氏。高時は「その子が可愛いか? ……いつも自分のそばに置いておきたがる」と言って、自分の母がいつまでも自分の面倒を見たがるとボヤく。
鎌倉の妻子と伊賀の子も「大事なものは、みなこの鎌倉に預かろう」と言い渡す。
長崎父子が「異存あるまいの」と念を押す。着物を被って目を真ん丸にしてお茶を飲む高時。

足利は人質に憤り・鎌倉を出ることを決意

 高氏から話を聞いた、直義達は「それは人質ではないか!」と憤る。「幕府始まって以来、百数十年連れ添うた足利を、人前で信用できぬと公言いたしたのじゃ」と直義は声を張り上げ、家臣達も「北条ごとき恐るるに足らず!」と気勢を上げる。
高師直(柄本明)が「待たれよ。この鎌倉の我が兵は、たかが300。北条殿は万の数じゃ。……」。「北条殿が人質と申さば人質を出し、戦に行けと申さば戦に行く。…… 何はともあれ、この鎌倉を出る。何事もそれからの思案」と言う師直に、高氏も「ほかに道はない」と応じる。

高氏は和歌の本を綴じている登子に、「京へ連れていけなくなった」と謝る。
自分達が「人質」として鎌倉に預けられると知り、「北条家が足利をなぜ疑うのか?殿は何をお考えです!母上はなぜあのように、別れを惜しまれたのか?」と 詰め寄る。
足利高氏の妻だから「こたびの戦で何が起こるのか、教えて下さりませ」と言う登子。

高氏は昔神のいる山で見た、ご神体は醜い「木切れ」だった話を始める。こんな醜いもののために一生はかけられぬと思った。高時に初めて会ったときも同じように醜いと思った。京で後醍醐帝を拝して初めて美しいと思った。「そのお方と戦えと…」と北条殿は言う。
高氏は「これから何が起ころうと、登子を手放しはしない。そなたの一生は高氏の一生ぞ、よいな」と登子の肩に手を置き言った。
散らばった和歌の紙を見ながら登子がつぶやくと、高氏が拾い集め始め、登子が泣きながらその背に抱きついた。

伊賀では藤夜叉不知哉丸に字を教えていた。そこへ柳斎が現れ、足利家が大きな戦を起こす。北条方も不知哉丸に気がついたので、路銭を渡し、三河の一色村に隠れるために、家来が案内すると伝えた。

高氏は新田義貞と北条殿と共に戦をすることに

その頃高氏は鷹狩りと称して、平塚の山中へと馬を走らせた。そこには岩松経家(赤塚真人)と 千早城の幕府軍から、あちこちが死ぬほど痛いとわめいて、陣を抜けだしてきた新田義貞(根津甚八)が待っていた。
小屋の中で高氏は義貞に「北条殿と戦をすることに決めた」と告げる。「勝ち目はござる のか」と義貞。「皆目見当がつきませぬ」と高氏。兵の数も北条には遙かに及ばぬと聞いて義貞が「それは困ったものでござる」と言うと、高氏は「困ったも のでござる。されど今の世にもはや我慢がなりませぬ」

 高氏は幼い頃、新田殿と渡良瀬川でけんかをし、「我らはともに源氏、ゆめゆめ、北条の犬に成り下がるでないぞ」といわれていた。
「この15年、新田殿の気概に負けてはならじと、今日あるは新田殿のおかげじゃ。共に戦うていただけませぬか?」と義貞に言う。
義貞は「長い間この時を待っておりました」と頭を下げ、「我らは源氏。北条との戦は望むところ!」と高氏と熱く見つめあった。

▽まとめ&感想

千早城 楠木正成は食糧不足も、持久戦を持ちこたえていた。
千早城の新田義貞に右馬介が高氏の書状渡す。
鎌倉の足利家 戦支度・母が足利庄に・妻子は鎌倉にと申し渡された。
足利は人質に憤り・鎌倉を出ることを決意。
高氏は新田義貞と北条殿と共に戦をすることに。

千早城、相変わらず、迫力のある崖の攻防戦。持久戦の幕府軍、だいぶ弛んでいます。やはり、勝てませんよね。
北条の長崎父子の強さ、迫力あります。ひきかえ高時の、様子、解っていても着物かぶったり、可愛らしいと思えてきました。
高氏は新田義貞と北条殿と共に向かうことに、当初 自軍 兵300なんて、本気なのと思ってしまいます。足利一族が、外に大勢いるんですよねと心配になります。

原作の「私本太平記」ようやく全巻読めました。戦いは、これから始まるので、長い戦いが続きます。読んだ片方で忘れていきそうです。