太平記 12話 笠置落城▽あらすじメモ 楠正成 挙兵・後醍醐天皇 捕らわれる

笠置山で後醍醐天皇に楠正成対面、兵を分散して戦いを進言

1331年8月 元弘の乱 勃発。後醍醐天皇(片岡孝夫)笠置山に挙兵。山頂の笠置寺に立てこもったのは、万里小路(までのこうじ)藤房(大和田獏)、四条高資、千種忠顕(本木雅弘)ら側近の公家や僧侶と南都の僧兵や近隣の武士達1000人足らず。
護良(もりよし)親王、宗良親王ら3人の皇子もいた。

 足利高氏(真田広之)は幕府の命で笠置へ向かったが、ゆっくりと進んでいた。
遠江国・橋本宿(現浜松市)では遊女を呼んで、高氏高師直(柄本明)ら家臣達と騒いでいた。
弟の直義(高嶋政伸)が「父上が亡くなって半月、帝に向かうのに ……」と声を荒げた。
高氏は「みな、歌でも歌わねばやりきれまい。」 「こたびの戦では太刀は抜かぬ。笠置へはゆっくり参る」胸の内を明かす。
 そこへ一色右馬介(大地康雄)が来て、貞氏の悔やみを言い、この戦は長引くやも、楠木正成が挙兵したこと、各地で呼応する豪族が出てきているとを報告する。

 笠置山には、服部小六に従った石(柳葉敏郎)の姿もあった。
河内から楠木正成(武田鉄矢)正季正季(赤井英和)らも着いた。
備後の桜山四郎、播磨の小寺頼季、赤松則祐、三河の足助重範(あすけしげのり)が正成に挨拶してくる。「この山を守るだけなら天下は動きますまい。天下が動かねばこの山も守り切れますまい。」と述べかけたところ、奥から正成を呼び出す声がした。

正成はついに後醍醐帝 一同と対面する。後醍醐帝は「兵衛(ひょうえ)、おもてを上げよ」と正成に直々に声をかける。正成はその声に応じ顔を上げ、すぐに下げる。
後醍醐帝が「兵衛、気強う思うぞ」と声をかけると、正成は平伏したまま「ははっ!」と答えた。
護良親王が、「関東を破る手だてはあるか。」と正成に問う。
正成は「幕府軍が大軍であり、関東武士は強く、手だてはございませぬ 。柿の実も熟れれば地に落ちまする。関東が自ら崩れれば、我らに利がある。北条憎し……」と述べた。
そして、関東に火の手が上がるまで、負けぬよう、敵を攪乱させ、この山に集中させないよう、各所に兵を分散させて戦うことと言い。後醍醐帝が「げにも!」と述べた。

楠正成 河内 赤坂城に大塔宮を迎え、挙兵

正成護良親王尊良親王らと共に河内に戻って、兵を挙げることになった。
正季は石に服部殿から預かった、文を持ち、1日で水分(みくまり)まで走れるか?我々もすぐ帰る。4日で、河内で挙兵する、城の備えを急げと伝えてくれ。

手紙を受け取った恩智左近は、赤坂城の備えを急がせ、久子達と館をひきはらう準備を始める。
山奥の千早の里に移ることになった、館の者たちは荷物をまとめて大騒動。侍女の中には、着替え、鏡やら愛読している源氏物語まで、大荷物を担いで行く者もいる。
久子(藤真利子)は、柿の木を見つめ、住み慣れた館に別れを告げていた。多聞丸に「よく見ておきなさい。お前の生まれた部屋です」。
そして全員を館から出し、館に火を放つ。燃える館を振り返りながら、久子と家族達はと共に、金剛山の山奥の千早の里へ急いだ。

楠木の館から上がる煙を、赤坂城へ向かう途中の正成らは見ていた。
正成護良親王らと赤坂城で挙兵。赤坂城から正季らが出撃し、あちこちの北条系の館や蔵などを襲って、河内全域を大混乱に陥れた。
これに呼応して、備後の桜山慈俊(これとし)が蜂起し、伊勢の関一族、大和の諸豪族も反乱を次々に起こした。

鎌倉幕府は、新しい光厳天皇を立て、後醍醐天皇を先帝にし、そして捕らえた



和田五郎がもたらした京からの文により、大仏貞直(おさらぎさだなお)に率いられた二万の大軍が京に到着。京を動かず、持明院統の量仁(かずひと)親王の践祚(せんそ)儀式に、参列していたことを正成らは知った。新しい天皇(光厳天皇)を立て、後醍醐天皇を「先帝」にして、帝の御為という大義名分を取り上げた。
激怒する護良。正成は「やはり苦戦じゃの…」と嘆く。

 光厳天皇の即位を見届けて幕府軍は笠置山に向かった。しかし赤坂城の事もあり、軍議は紛糾し、笠置への総攻撃は、なかなか決まらなかった。

ところが、抜け駆けの恩賞を狙った陶山義高という武士の一団が、夜中に50人ほどで、山の裏手の崖をよじ登り、山上に奇襲をかけ、火をつけて回り、笠置山上の兵達は大軍の攻撃と思い大混乱に。
御座所にも火が回り、後醍醐天皇が「藤房!忠顕!」と大声で呼ぶと、千種忠顕らが駆けつけ、天皇を山上から連れだしていく。行在所に翻る錦の御旗が火に包まれていくのをじっと見つめる後醍醐帝。笠置山はあっけなく落城してしまった。

後醍醐一行は、河内の楠をめざして夜間の山中をさまようが、先頭の忠顕が道に迷ってしまう。朝もやの中で前方に兵士の影が見えてくる。

高氏のところに直義が来て「先帝捕らわる」の報を伝えた。捕らえられても後醍醐帝は裸足で薄汚れたものを着ておられたので、と気付くのに手間取ったとか。
高氏はそれを聞き「都へ戻ろう」と直義に言い、「七年前、帝を拝したことがある……」と後醍醐帝と顔を合わせた時の思い出していた。

高氏は兵を率いて京へと入った。馬に乗った公家の少年・北畠顕家がそれを眺めていた。

▽まとめ&感想

足利尊氏はゆっくり京へ向かっていた。笠置山で後醍醐天皇に楠正成対面、兵を分散して戦いを進言。楠正成 河内 赤坂城に大塔宮を迎え、挙兵。
鎌倉幕府は、新しい光厳天皇を立て、後醍醐天皇を先帝にし、そして捕らえた。

今回も、大変楽しめました。
天皇を駆け引きに使う、鎌倉幕府には驚きました。
今の時代より、人がたくさん出ているような気がします。
このくらいの展開なら、まだ理解できますが、太平記の先の展開が知りたく本を読みました。

読んだ本

1) 安部龍太郎著 『道誉と正成』あらすじメモはこちら
2) 安部龍太郎著 『義貞の旗』あらすじメモはこちら

3) 平岩弓枝著 21世紀版・少年少女古典文学館『太平記』感想&あらすじメモ