あしたも晴れ!人生レシピ「脱サラ 新天地で輝く」▽こんな話でした

Eテレ 5月8日(金)午後 8時00分~ 午後8時45分 「脱サラ 新天地で輝く」
【語り】小澤康喬,堀内賢雄

定年まで会社にしがみついたままでいいのだろうか。自分の仕事は役に立っているのか、自分のやりたいこととは、社会貢献したい。お悩みのあなたに!会社を飛び出し、新天地で自分らしく生きる4人を紹介。★2度の脱サラの末、バイオリン工作教室で夢を実現した男性。★息子の将来を見据え、チョコレート工房を開設した元銀行マン。★経験ゼロから、いちご農家に転身した女性。★能登半島に移住し、地域をもり立てる女性。

出典:NHK HP

バイオリン工作教室で夢を実現した男性

東京 浅草
1人目は サラリーマン生活に疑問を感じ、2度の脱サラの末 夢をつかんだ男性です。
ここは 初心者でも、バイオリンを作ることができる工作教室。
用意されたキットをもとに、自分だけのバイオリンを手作りします。
料金は材料込みで4万円ほど。
市販品より 手が届きやすく、一日で完成するという手軽さも、人気の秘密です。
手ほどきするのは 中井 里さん 47歳。 (キットバイオリン ホームページはこちら)

初心者にも分かりやすい、丁寧な指導が評判です。
最初に、ラベルを貼り付け 世界に一つだけの「マイ・バイオリン」に。
次は表板の接着。 スピード勝負です。
参加者同士で協力しながら、作業を進めます。

接着するのを待つ間、恒例なのが「聴き比べ」。
音大生が使うバイオリンと、手作りバイオリン。音だけで 違いが分かるのでしょうか?
♬~
こっちのほうが 1台目のほうが、「私 好みだわ」という方。
大好きなバイオリンに携わり、仕事に張り合いのある日々を過ごす、中井さん。

しかし ここに たどりつくには、2度の脱サラを経験しました。
中井さんは 大学卒業後、大手通信会社に就職。
しかし数年後 大企業の歯車的な仕事に、疑問を抱くようになりました。

そんな中井さんに転機が訪れます。インターネットで偶然 見つけた「バイオリン製作学校」。
大学時代、管弦楽団に所属していた中井さん。
バイオリンに引かれていたものの、経験者に席を取られ 担当はビオラでした。
バイオリンへの熱い思いが 、よみがった中井さんは、製作学校を見学してみることに。
バイオリン職人への道に、強く引かれたものの、安定した生活を捨てる ふんぎりがつかず、2年間 悩み続けます。

そして ついに 30歳で一大決心。
会社を辞め 自分の腕一本で生きていく、厳しい職人の世界に飛び込みます。
製作学校に入り 職人の修業を始めます。
集中するため アルバイトはせず 貯金を、取り崩しながらの生活となりました。
売れる楽器を作って 生計を立てようと、必死に技術を学びますが…。
修業を始めて4年。貯金が底をつき、暮らしが立ち行かなくなります。

まだ30代半ばで コンピューターの、レンタル会社に再就職できました。
しかし ここでも自分の仕事に、やりがいを感じられませんでした。
2度目の会社も退職。

自分にできることは何か。よみがえったのが バイオリンでした。
そこで、初心者でも気軽に バイオリンを、作ることができる「工作教室」でした。
高尚で手が届かない、バイオリンのイメージを変えたい、秘めた思いがありました。

今度こそ 失敗するわけにはいかない。起業の際 中井さんが利用したのは
自治体による「創業支援」でした。
対象は これから起業しようとする人や、起業して間もない人たち。
自治体が セミナーや経営相談などを、行ったり 事務所を格安で貸し出したり、ゼロからサポートしてくれます。
中井さんは事務所を借り、工作教室の実現に向け 動きだしました。
はじめは参加者集めに苦戦しました。
ところが 思わぬところで……、夏休みの自由研究で親子が、来てくれました。

参加者数は 470組を超えるまでに。子どもから年配の人まで 幅広い年代に、親しまれるようになりました。

諦めずに、自分の興味を突き詰めたことで、可能性が広がったという中井さん。
自分の考えで、何でもできる。自分のやったことがストレートに結果につながる。お客さんの声につながる。怖い面があるけれど、楽しい面が大きい
迷っている、考えている方は、自分の中に、可能性を感じてるということ。
可能性・直感を大事にし、1歩行動を起こすと、その先が徐々に変わっていくと思う。

経験ゼロから、いちご農家に転身した女性

(2019.6.28放送)埼玉県の南西部に位置する毛呂山町。
去年の9月 この町に行列のできる店がオープンしました。
その日の朝 収穫した完熟いちごを使った、スイーツの店なんです。
多い時には一日400人の客が訪れるという
こちらのお店。(苺の里 毛呂山バリアフリー観光いちご園
らんらん農産物直売所」で販売
最盛期には ケーキやプリンなど、およそ30種類を販売しています。
一番人気は、大粒のいちごが入った大福の上に、さらに もう一つ いちごを載せた
いちご大福。
そんな店を切り盛りするのが 田中 綾さん、48歳です。
商品のアイデアは、ほとんど 綾さんが考えたもの。
厨房で働く従業員と共に練り上げ、商品開発しています。
店で使う いちごは、農業用ハウスで栽培しています。
ハウスは全部で5棟。管理を担当するのはご主人。

実は綾さん もともと、農業とは無縁の生活でした。
出版会社の事務員として、働いていたのです。しかし 子どもと過ごせる時間が、取れない生活に疑問を感じていました。
そんなある日 家族や友人たちと、いちご狩りに訪れた綾さん。
子どもたちの笑顔あふれる姿を見て、こういう仕事をしたいと、思うようになりました。
そこで綾さんは いちご農家になろうと、栽培技術を1年かけて学びました。
夫の英也さんは 大工の仕事を辞め、研修と農業大学に通い、夫婦そろって 技術を身につけました。
友人たちの力も借りながら ハウスを建て、いちご農家として歩み始めた綾さん。
決意から5年後には会社を辞め、専業農家となりました。

従業員と手分けをし 毎日 60トレー分の、いちごを 走りながら摘み取ります。
そして すぐに仕分け作業。

忙しい時の労働は週6日、1日12時間に及ぶことも。
いちごの農家は、精神的に楽。
人間は、皆平等で、努力するか、しないかだけ。努力しないと損。

息子の将来を見据え、チョコレート工房を開設した元銀行マン

神奈川 横浜のチョコレート工房 CHOCO LABO ホームページはこちら)
こちらのチョコレート、カカオ豆やドライフルーツなど、素材を厳選し 一つ一つ丁寧に手作り。
根強いファンも多く 大手デパートや、ホテルなどで評判となっています。
工房をのぞいてみると、中心となっているのは、知的障害や精神障害のある人たち。
実は ここ、障害者のための就労支援を行う、チョコレート工房なのです。
代表の伊藤紀幸さん 55歳。障害者が自分の力で生計を立てられる、仕組みを作ろう
8年前に立ち上げました。
障害者を一方的に指導して、働かせるのではなく、共に働く仲間として、ものづくりをしています。
現在 およそ70人が働いています。さらに 工賃のアップにも、取り組んでいます。
それぞれの得意な仕事に 自ら取り組み、自信につながっています。

伊藤さんが、この工房を立ち上げた きっかけは、29歳の時に授かった一人息子でした。
体重1, 500グラムで生まれた長男、健太朗さんは知的障害のあることが分かりました。
当時 伊藤さんは、大手信託銀行のモーレツ社員。
深夜残業や休日出勤も いとわず、仕事中心の多忙な日々に、誇りを感じていました。

自分たち両親が死んだあと 息子は、どうやって生きていけばいいのか?
サラリーマンを続けて、息子に財産を残す道もある。
しかし いつまでも世話をすることは、できない。
長い目で見たら 息子が自力で生活できる、場を作るほうが大事だと考え、伊藤さんは脱サラを決意します。
そして 2012年、福祉事業所としては画期的な、チョコレート工房を立ち上げます。
当初のメンバーは およそ10人。
チョコレートを選んだのは、家族そろって好きだったから。
工房のロゴのデザインは、息子が描いたチョコレートの絵が、モチーフになりました。
伊藤さんは 味で勝負しようと、一流パティシエをアドバイザーに招へい。
作り方を一から学びました。
味や素材に こだわったチョコレートは、ひいき目なしで評判を呼び、根強いファンも増えています。
売り上げは ここ3年で70%アップ。
一人息子の健太朗さんは今 レジ打ちを、任されるなど 仕事の幅を広げています。

能登半島に移住し、地域をもり立てる女性。

(2019.6.28放送)石川県穴水町の能登半島に移住して、 外から人を呼び込みたいと、イベントやツアーなどの企画を、次々に立ち上げている齋藤雅代さん。

齋藤さんが この日のツアーで、最初に案内したのが、地元の伝統漁法で使われていた、「ボラ待ちやぐら」です。
このやぐらは 海底に張った網に、ボラの群れが入ったかどうかを、見張るためのもの。
一度は途絶えましたが 今から6年前、この風景と暮らしを後世に残したいと、地元有志で復活させたものです。

こちらは 11年前に廃校になった小学校。
実は ここ 食堂なんです。 (かあさんの学校食堂はこちら)
調理を担当するのは 地元のお母さんたち。
予約をすれば 旬を迎えた 地元ならではの、食事を堪能することができます。
この日は サヨリのフライと、ウドやタラの芽といった山菜のてんぷら。
そして鶏のつくねやナス田楽、魚醤で味をつけたイカ焼き。
ごはんは もちろん地元産の炊きたてです。

そんな穴水町の体験スポットを、知り尽くした齋藤さんは、東京生まれの東京育ち。
大学卒業後は 日本や海外の企業で、ウェブ関連の広告を作ったり、映画製作に携わるなど、さまざまな仕事を経験しました。
そんな折 新作映画のPRで、能登へと やって来た時、 鏡面のような、小さな海の中に 、カキとか ナマコとか サザエとか、私にとっては すごく感動だったんですよ。
漁も小規模 中規模なものばかりなんですけど、生活をしていく営みがあることが、貴重だなと思ったんです。
そこで齋藤さんは 東京での仕事を辞め、穴水町に移住し、2016年には イベントやツアーなどを、企画する会社を設立。
釣りと婚活を組み合わせたイベントなどの、企画を立ち上げるようになったのです。
しかし始めた頃は、なかなか うまくいかなかったといいます。
そこで思いついたのが 地域に古くから、暮らす人たちに協力してもらい、主役として前に出てもらうこと。
訪れた場所の裏事情まで含めた、詳しい説明を、観光客に伝えてもらっています。
移住から5年、今では地域の人たちとも打ち解け、時には飲みかわしながら、語らうまでになった齋藤さん。

会社を飛び出し 新天地で、自分の可能性を広げた人たち。
その姿に 人生をより豊かに、より輝かせるための、ヒントがある気がしました。

▽まとめ&感想

バイオリン工作教室で夢を実現した男性。可能性・直感を大事にし、1歩行動を起こすと、その先が徐々に変わっていくと思う。
経験ゼロから、いちご農家に転身した女性。いちごの農家は、精神的に楽。
人間は、皆平等で、努力するか、しないかだけ。努力しないと損。
息子の将来を見据え、チョコレート工房 CHOCO LABOを開設した元銀行マン。
能登半島に移住し、地域をもり立てる女性。

もうリタイアしてしまったのですが、いろいろなこと考えて、自分の可能性を広げていけるんですね。
かあさんの学校食堂なんか、いいですね。

昨日は、実家のすぐそばの山で、ワラビ、ウド、タラの芽を採りました。そして、おひたし、天ぷらでいただきました。久しぶりの、外に出て、日を浴びやはり一番です。